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Minato Unesco Association

三途の川の渡り方 ―笑顔に意味について―

2017年度第2回国際理解講演会港区補助事業

三途の川の渡り方
笑顔の意味について

日時:2018年2月27日(火)
会場:港区立生涯学習センター

今回は講師に医師の中島宏昭(なかじまひろあき)氏をお迎えして、掲題の大変興味深いご講話を頂戴しました。まず、簡単に講師のプロフィールを紹介させて頂きます:
昭和大学医学部卒業
1986年から1988年米国留学(MayoClinic免疫・アレルギー部)
2000年度昭和大学横浜市北部病院呼吸器センター長教授・副院長
2012年から世田谷保センター所長(現在まで)
2016年からモンゴル国保健省の要請でJICAの短期専門家として医学教育支援プロジェクトに参加永野MUA会長の挨拶に続き、中島先生のご講演は「三途の川を渡ったことはありますか?」の問いかけから始まりました。臨死体験をされた患者さん達の話は皆似通っているそうで、それを元にお話されました。

講演要約:
あちらの世界とこちらの世界の間にある川を、日本では三途の川という。民間信仰では、亡くなってから7日目に渡ると言われている。川の手前に奪衣婆・慧衣婆という2鬼がいて衣をはぎ取る。渡し船の渡し賃は六文銭だが現在は紙にコピーしている。(本当のお金は重いので船が沈むため)
体験談によると、あちらでは自分より先に亡くなった人で会いたいと思っていた人が待っている。あちらの世界は温かい色合いで、お花畑があり川のせせらぎが聞こえる。そこで「まだ来てはいけない」と言われたので現生に戻ってきた。

エリコ・ロウ著「死んだ後には続きがあるのか」(扶桑社)より抜粋:
①生から死への移行はあっけない、②体の外から自分が見える、③自分が死んでしまったことに気づく、④トンネルを抜けて眩しい光の世界、⑤故人との再会、⑥神々しい光の存在と対面する、⑦人生の回顧と反省、⑧夢と異なりいつまでもはっきり覚えている。
あちらの世界で出会った人々の共通点は、皆優しかった。決して私を非難しなかった。講師は多くの患者さんを見送ったが、満足して逝った方やそうでなかったと思われる方もいた。人は亡くなる時、顔の全ての筋肉(表情筋)の力が抜けるので柔和な顔になる。まるで笑っているような表情になるので見送る人たちは慰められ安心する。その顔は仏様や弥勒菩薩のようなお顔になる。

スクリーンにアメリカ留学時代の仲間やご家族との笑顔一杯の写真が写された。(笑顔で撮ることになっている)一方、モンゴルの病院のメンバーの表情は緊張しているせいか笑顔が少ない。本日の副題は「笑顔の意味について」

留学されたのは、ミネソタ州の田舎で、治安も良く人々も親切だった。病院名はMayo Clinic(メイヨー・クリニック:19世紀の半ばにメイヨーという医師が竜巻で負傷した人々の為にクリニックとして開いた。現在は2,000床を超える巨大病院であるが名前は変わっていない)で30年前のこと。

当時1年間で540億円の寄付金が集まった。寄付金の7割は人件費に使わなければいけなという州法があるため、潤沢に人がいて、対人サービスをしている。病院も研究室もとにかく人に優しい雰囲気で、留学当時言葉がよく通じないときでも安心していられた。病院の外来棟は十字型に建てられているので何処からも光が入り、患者の顔色がよくわかる。半日で1人の医師が6名ほどの患者を診察するので1人に40分は掛けられる。ゆっくり話を聞いて頂ける。日本は病院の数は多いのに医師の数が少ないので患者の話を十分に聞く余裕がない。

モンゴルは雨が少なく乾燥しているため、草原といっても草が少ない。このため牧畜の餌が不足するので家畜と共に移動している(遊牧)。鶏や豚は移動が大変なので連れて歩けない。従って高価な食材である。生活は天幕を張ったゲルで、入り口は一か所、全て南に面している。父親は南から入り奥の北側に座り、南にある入り口を警戒しながら家族の安全を見守る。過去の歴史で、常に脅かされた中国の位置がモンゴルの南にあるので常に南を警戒している。韓国は多くの資本を持って入ってくるが、モンゴルで得た収益の殆どを自国に持ち帰るのであまり好感を持たれていない。日本に対しては、親日的だが、「日本は物やお金は贈ってくれるが、人を送ってこない」ということで人的支援を希望する声が強い。日本は農耕民族なので、他の家族と助け合って生活するから挨拶が必要であるが、モンゴルは遊牧民族で家族だけで遊牧生活をするため他の家族とはあまり挨拶しない。日本人に対しても初めはしないが親しくなると笑うようになる。

医師は患者の余命を予測できるか?予測できない。人は心の持ち方で寿命が変わるので予測できない。講師の場合、病名について本人が知りたい場合、がんであるという事実を本人に伝え、治療法の説明をする。余命の告知については「分からない」と言う。何故なら、今からどういう気持ちで生きるかで余命が変わる可能性が大きいからである。永年患者さんを看取って思うことは、「あちらには良い世界がある」ということである。「一生懸命生きていると、その人にとって一番いい時にあちらの世界が迎えに来てくれる」と考えるようになった。

NK(Natural Killer:抗体を作らずにがん細胞を殺すことができる)細胞が働くとがん細胞を殺したり、弱めたりすることが出来る。
NK細胞はどんな時強くなるか:
①感動した時、②楽しいと思ったとき、③大いに笑ったとき、④感謝したい気持ちで一杯になったとき。

人間が大切にしてきたもの:
誠実、公平、勇気、明朗、謙虚、献身、叡智、優しさ、笑顔。

人生の目的:
①自分の中に潜在する能力を出来るだけ引き出す
②意識して他の人と好ましい人間関係を作る
③他の人の人生に意味のある貢献をする

参加者との質疑応答
1.歳をとってから病気にならないためには、どうしたらよいですか?
先生:意欲をもって生活し、適度な運動とバランスの良い食事をとり、くよくよしないこと。

2.人は物事に対する意識の差はあるか?知っているのに知らないふりで生活するのはつらいが?
先生:全て宇宙の意志に任せる。良いことも悪いこともとらわれないで全て流す。人や物事を見るときに偏った見方をしない。

3.病気を背負っていくにはどうしたらよいか?
先生:医師は知識と技能を学ぶが、患者さんの病気を背負うつらさに関する教育はあまり受けていない。患者さんから直接聞くことで患者さんの心を想像し、気持ちを察して治療法につなげる必要がある。難しいことではあるが。

(終わりに)
参加者のアンケート回答には、講師の優しい語り口と内容に心打たれ、生きる力を頂いたという感想が多かった。講師が経験されたアメリカとモンゴルでの話題も取り入れられ、笑顔が対照的だったのが興味深かった。