2023年度第1回国際理解講演会
「南インドの文化と経済」
講師:杉田明子氏
日時:2023年5月28日 14:00~16:00
会場:港区リーブラホール
田部会長の挨拶に続き、司会より杉田講師の紹介(右の写真:前・駐インド・ベンガルール総領事)がありました。会場には約100人の方がご参加くださいました。
1.インド概観
面積は日本の9倍で広く、インド亜大陸と呼ばれる所以です(世界第7位)。人口は14億2678万人。
今年、中国を抜き世界第1位になりました。あまり知られていませんが、名目GDPでは世界第5位。
かつての宗主国イギリスを抜きました。言語は公用語がヒンディー語で、英語は準公用語ですが、英語は
一般には通じないことも多いです。ヒンズー教徒が8割。インドで生まれた仏教は0.7%に過ぎません。
何故ヒンズー教と比較して仏教が廃れたのか。仏教は商人階級を基盤として発展したのに対し、ヒンズー教は
農耕民族に信仰されていましたが、ローマ帝国の衰退とともに商人階級が没落したこと、また後にインドを
支配したイスラム勢力が仏教のような偶像崇拝は許容しなかったこと、一方、ヒンズー教は庇護されたことが
原因といわれています。
なお、アガスティアというタミル文学の祖が書いたといわれる南インドの占星術が有名ですが、全人類の運命
がヤシの葉に書かれていると言います。ベンガルール市内にもアガスティアの葉を読む場所あり、私も自分の
葉を見つけてもらいました。
2.南インドの歴史
紀元前3500年頃ドラヴィダ民族が、紀元前1500年頃アーリア民族がインド北西部へ渡りました。ドラ
ヴィダ民族はアーリア民族に押される形で南へ移動。三王国繁栄の時代を経て6世紀にチャルキーヤ王朝が
繫栄。13世紀から19世紀半ばにかけて、デリースルタン王朝とムガル帝国が北インドに成立し、ムガル帝
国の下、多くのインドイスラーム様式の建物が造営されました。中でも有名なものがムガル帝国の下に造営さ
れたタージ・マハールです(世界遺産)。1858年イギリス領インド帝国が成立し、ムガル帝国は滅亡。
1947年、インドはイギリス植民地から独立。独立運動を率いたマハトマ・ガンジーの非暴力・不服従の
精神は、その後現在に至るまで世界の人権運動に影響を与えています。
3.食文化
ヒンズー教の結婚式は一大イベントです。数日にわたって数百人から数千人の客が招かれます。キリスト教の
結婚式は西洋と同じで1日だけで行われるようです。北インドでは濃厚なカレーと熱々のナンやチャパティー。
南インドは常夏なのであっさりしたスープ状のカレーとインディカ米。食事は右手で食べますが、手でカレー
と米などを丸めて舌を出して舌の上にのせて食べます。また、マサラド―サ(米粉と豆粉を水で溶いてクレープ
状に焼いたもの)は南インドの代表的な朝ごはんですが、美味しくて安いのでお勧めです。食堂や店で売られて
いる加工食品ではベジタリアンとノンベジタリアンのマークを見かけます。
4.宗教
ヒンズー教は宗教ですが、社会に深く根差した「社会習慣」でもあります。ヒンズー教に基づく身分制度・カ
ースト制度は、バラモン(祭祀の主体)、クシャトリヤ(王族、武士)、ヴァイシャ (農工商)、シュードラ(3種の
奉仕者)の下に不可触民がいます。不可触民は穢れた存在として差別され、同じ井戸から水を飲むことも認めら
れませんでした。不可触民出身の法務大臣アンベドカールは現憲法の草案を起案した人で、憲法上は身分差別
は禁止されていますが、未だに「名誉の殺人」と言う不可触民との結婚に対する殺人事件が時々起きています。
日本の七福神のうち、大黒天、毘沙門天、弁財天のルーツはヒンズー教です。神道との共通点も多く、教祖や
経典はなく多神教です。
5.経済
GDPは世界第5位ですが、早ければ2027年には日本を抜いて第3位になる予測であり、さらに2050
年には米を抜き2位になる予想です。2023年は経済成長率が5.9%と予測されています。一方、一人当
たりのGDPは低いです。農業は国土の6割が農地と言われていますが、農民の収入は低く余剰労働力を抱え
る産業です。インドは第2次産業(工業・製造業)の発展があまり進まないうちに、第1次(農業)から第3
次産業(サービス産業)に移行しました。
コンピューターの2000年問題の時に、英語が出来て数学やコンピューター技術に強いインド人が世界のヘ
ルプデスクの窓口として活躍したことが引き金となって、インドのIT産業が発展したと言われています。
「アダールカード」と言うマイナンバーカードがあり、14億の国民ひとりひとりに配布され、貧困層への食
糧配布や年金などがこれに紐づけられています。行政サービスのデジタル化が進んでおり、国民の87%が携
帯を持っています。特にコロナ禍において、eコマースが発達し、食品や日用品はオンラインで注文し配達さ
れます。スタートアップ企業も多いです(年間1500万人が生まれるインドでは毎年若者が職を求めるので、
新たな産業を育て雇用創出が必要なためです)。
中間層が拡大し消費が増大。急速に成長する大きな市場であり、人口減少により国内市場が縮小していく日本
にとって、魅力的なビジネスパートナーとなっていますが、日本企業は「決定が遅い」ためトップダウン型の
西欧企業に競争で負けています。インド人を社長にし、経営決定を任せ、副社長(本国との調整)を日本人にす
る日系企業の成功例が多いと聞いています。
6.外交
伝統的に非同盟・中立を外交政策としています。FOIP(「自由で開かれたインド太平洋」)構想の下、日・
米・豪とのクアッドを推進。ロシアとは伝統的に友好関係にありますが、中国とは2020年の国境での軍
事衝突、中国製品による市場の席巻などの問題から警戒感があります。
7.日印関係
日本にとってインドは重要なパートナーです。急速な経済発展とアジア第3位の経済規模があり、また国際社
会での発言力(G20、BRICSなどのメンバー)があります。巨大な人口、中間所得層の増加はマーケッ
トとしても重要です。安定した政権運営が続き、独立以来クーデターはありません。世界規模のインド人(印
僑)ネットワークを持っています。
日本の技術(新幹線システムの導入)やインドの人材(IT産業のみならず、
介護、農業、ホスピタリティーの分野等)の相互関係強化が必要ですが、日中間の交流と比べると圧倒的に弱い
のが現状です。インドとの人的交流を進め、相互理解の深化を図ることが益々重要です。
(講演の後、質問に答えて)
生活面の問題としては、水道水の水質がとても悪く、ミネラルウォーターで歯磨きをし、シャワーでも口に入らないように気を付けました。
連邦制で国と州の権限分担ということですが、国は軍事、外交とともに、経済政策など、インド全体に関わる政策を管理しています。一方、州は、州民の生活に関わる道路や地下鉄などのインフラ整備、コロナ禍での感染防止対策など地域政策を担い、役割分担しています。国としての政策は安定的に運営されていると思います。
貧富の差はこれからも続くと思うかということについては、貧困の厳しい現実は目の当たりにしました。インドの経済発展とともに、貧困層から中間層に移動する人口も増えていくと期待されます。
インドが発展するために、道路インフラの整備がなかなか進まないとの問題がありますが、その背後には州政府の政治腐敗の解消が必要だと思います。
(国際学術文化委員会 山田祐子)