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Minato Unesco Association

2019年第1回国際理解講演会「縄文の美を楽しむ」

日時:6月21日(金)18:30~20:30
会場:港区生涯学習センター305号室

 今回の講演会では講師に、東京国立博物館学芸研究部調査研究課考古室の品川欣也(しながわ・よしや)室長をお招きして、2018年7月に東京国立博物館で開催された特別展「縄文―一万年の美の鼓動」にそって、以下のとおり縄文の造形美の楽しみ方をお話し頂いた。
 最近、縄文に注目する人が増えている。この特別展「縄文」には会期中に35万人を超える来場者があり、関心の高さが感じられた。近代の日本考古学は東京の「大森貝塚」から始まった。アメリカの動物学者エドワード・S・モースが明治10年に来日。横浜から新橋へ向かう途中、大森貝塚を発見して発掘。このことから日本では考古学という言葉が生まれ、また日本の考古学は縄文から始まったともいえる。

〇入門編……縄文の時代背景

  • 時間的な範囲:前1万1000年~前2400年までの一万年間
  • 空間的な範囲:北海道~沖縄本島、時期によって範囲の収縮が見られる。
  • 時期の区分:草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6区分
    自然環境:草創期は晩氷期で寒かった。早期以降、温暖で湿潤な後氷期。前期には現在の環境と基本的に同じになり、日本列島の景観と四季が整う。
  • 動物:大形のもの(マンモス、ナウマンゾウ、オオツノジカなど)が減少し、中小形(シカ、イノシシなど)がみられるようになる。
  • 植物:それまでの針葉樹林から、堅果類(栗、胡桃など)や豊かな落葉広葉樹林が広がっていった。

縄文の定義①

  • 経済区分は獲得経済(狩猟・漁撈・植物採集・植物栽培)。
    弥生時代は生産経済(稲作農耕+狩猟・漁撈・植物採集)。
  • 居住形態(住まい方)は定住生活。

縄文の定義②

  • 土器の発明:早期以降は煮炊きに加えて、堅果類のあく抜きが目的。粘土が、焼くことで硬くなる、火に強くなる、水を通さない等の化学的変化に気づく。
  • 弓矢の発明:中小形獣が増え、俊敏で動きの速い動物や遠くにいる動物を狩猟できるようになる。
  • 漁撈の活発化:温暖化によって入り江や湾が生じ、漁も盛んになる。

以上のように、遊動生活をしていた旧石器時代とくらべると、環境の変化により、経済や生活形態が変わり、生活の道具や家財が増えていった。

第1章 暮らしの美

当時の人々の日々の暮らしを支えるために作られた道具。

  • 引き算型造形:代表が石器(尖頭器、石斧)、骨角器、木器など。自然にある物の素材や特徴をいかして打ち割ったり、削ったりして作る。釣り針などは、金属で作られた現代のものとほとんど変わらない形。機能美を備える。
  • 足し算型造形:粘土で作られた土器が代表。思い通りに形づくられる。(例:微隆起線文土器、青森六ヶ所村出土、草創期)文様に強い思い入れがあるのが縄文土器の特徴で、草創期の頃から土器作りは上手であった。*以降()内の地名は出土場所を示す。
  • 漆製品:早期から登場。漆を塗ることで耐水、耐久、装飾性が増す。また接着剤としても用いられる。
  • 飾り
  • 装う

色について:縄文時代の人々にとって特別な3色は赤、黒、緑。それぞれ大切な物、特別と思われる物に塗られている。

  • 土偶からわかるファッション(例:みみずく土偶、さいたま市、後期、赤色):頭には髪飾りを、また耳には耳飾り(ピアス)をつけていた。
  • 人生の節目に耳飾り(例:東京調布市、径9.8cm、75g、晩期、赤色):サイズはかなり大きい。壮年女性用か。耳飾りの大きさや文様は人生の節目(成人、未婚・既婚、経産婦・非経産婦)や出身を表し、所属に応じた責任を示しているのではないか。
  • 憧れの貝輪(例:貝で作られたブレスレット、千葉船橋市、後期):貝の取れない地域では粘土で作って代用するなど貝輪への憧れがみられる。
  • 動物への憧れや畏怖を身に着ける(例:猪牙・サメ歯製垂飾、宮城石巻市):動物のもつ強さ、賢さ、生命力を身に着けることによって自分の強さを示したかったようである。

第2章 美のうねり

火焔型土器

縄文土器の造形美はおよそ1万年の間、絶え間なく変化をくりかえした。

  • 埋めつくす美(草創期・早期・前期)(例:関山式土器、千葉松戸市):多縄文土器。縄や竹などの道具によって生じた痕跡を装飾として楽しんだ。
  • 貼りつける美(中期)(例:火焔型土器、新潟十日町市):火焔型、王冠型、水煙型とよばれる土器。粘土を幾重にも貼りつけ、力強い装飾性にあふれている。
  • 描き出す美(後期・晩期)(例:大洞式土器、青森八戸市):土器に線を描いたり、縄文をつけた後を磨り消したりして、デザインを引き立たせる。

その他にも器の種類の変化から、食生活や使用される場面(行事など)が変わっていったことなどが読み取れる。

縄文の造形のルールとして注目することは「集団の個性」:
作家「個人の個性」が存在しない時代であった。個人ではなく、周りの皆の了承のもとに作られた。
みな同じ形、同じ文様の造形を作ることによって、集団としての一体感や結束を高めた。

第3章 美の競演―世界の各地と比べてみる

縄文中期にあたる時期のユーラシアの各地では、すでに農耕や牧畜が行われ、都市、国家が形成され、金属器の生産も始まっていた。

  • 黄土高原(中国)(例:彩陶鉢、彩陶短頸壺):シンプルな器形に幾何学文様。
  • インダス川周辺(例:彩文浅鉢、彩文壺):シンプルな器形に動植物や幾何学文様。
  • エジプト(例:磨研鉢、刻文入壺):土器は簡素で実用的、権威を示すのは金属製品や貴石。

縄文時代は安定した定住生活が長く続き、美を作る余裕があった。また、海外との交流がまれな時代であったから、日本だけにみられる独創的な縄文土器の造形美が生まれた。

第4章 縄文美の最たるもの

国宝に指定されているものは下記のわずか6件:
(1995年)縄文のビーナス、(1999年)火焔型土器、(2008年)中空土偶、(2009年)合掌偶、(2012年)縄文の女神、および(2014年)仮面の女神。
国宝として評価されたのはごく最近。先の特別展「縄文」では、これら6件すべてが展示された。

第5章 祈りの美、祈りの形

土偶は安産、多産など子孫繁栄、豊穣のために作られたと考えられている。

遮光器土偶
  • 土偶:最初の頃のものは、3.1㎝の女性像(滋賀近江市、草創期)、最後の頃は34.2㎝の遮光器土偶(青森つがる市、晩期)、大きさや形が変化し、祭りに参加する人数もあり方も変化。
  • 土面:仮面、祭りのお面やデスマスクと思われるもの。
  • 人の形をあしらった土器:深鉢形土器(長野富士見町、中期)は、口縁部から胴部に器を抱えたかのような人の姿(背中)を表現する、豊穣を願うために作られたと解釈されている。人形装飾付有孔鍔付土器(山梨アルプス市、中期)は、片手を挙げた人物が表現され、当時の何かしら合図やしぐさを表したと解釈されている。
  • 動物の造形:最も多く作られたのがイノシシ。多産の祈り、強さへの憧れをこめていると考えられている。
  • 人と動物の理想的な関係:狩猟文土器(青森八戸市、後期)には狩猟の場面がみられる。犬形土製品(栃木栃木市、晩期)は猟犬として活躍。
  • 親子の愛のかたち:
    その①顔面把手付深鉢形土器(山梨北杜市、中期)、口縁部に土偶のような顔が付き、膨らんだ胴部にも顔がみえる。土器全体を母体と見立て、出産文土器と呼ばれている。子をあやすしぐさの土偶もある。
    その②手形・足形付土製品(青森六ヶ所村、後期)、子どもの手のひら、足の裏を押し当てて形を写し取った土版。現代に比べると死産や乳幼児の死亡率がはるかに高かったとされる。親子の強い結びつきや、無事な成長の願い、祈りが感じられる。

第6章 新たにつむがれる美

考古学の研究対象ではなく、芸術として「縄文」の魅力を見出し、愛した作家や芸術家たち。「縄文」との出会いから、それぞれの新たな美を生み出していった。

○番外編……見るポイント

土偶、土器たちはシャイで、向こうから語ってくれない。なによりも博物館や遺跡に出かけ、たくさんの土器や土偶と出会って、好きになってほしい。

参考:東京国立博物館(平成館考古展示室、本館1室日本美術のあけぼの)
   港区立郷土博物館、品川区品川歴史館(大森貝塚)