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Minato Unesco Association

2021年度第1回国際理解講演会「スペイン王国レコンキスタ時代の歴史と世界遺産」

日時:2021年7月10日 18:00~20:00
会場:港区立生涯学習センター3階305号室
主催:港ユネスコ協会 共催:港区教育委員会
後援:世界遺産アカデミー

講師 友野智子氏 世界遺産アカデミー認定講師

 レコンキスタとは、カトリック教徒の国土回復運動。イベリア半島をイスラム教徒から奪い戻すこと。スペイン国旗は「血と金の旗」と言われ、黄は豊かな国土、赤は外敵を撃退した時に流れた血の象徴、中の紋章はイベリア半島の初期の5つの国(カスティーリャ、レオン、アラゴン、ナバラ、グラナダ)のもの。
 スペインは世界で3番目に世界遺産の多い国で48を保有、そのうち19がこのレコンキスタの時代に関わるもの。

1 プレレコンキスタ
 レコンキスタ以前のイベリア半島はローマ帝国の一部でしたが、ゲルマン族の移動が始まり最初に入ったヴァンダル族は今でもアンダルシアとして名を残しています。次に西ゴート族がピレネー山脈を越え侵入し508年にトレドに都を移します。西ゴート族は6世紀末にカトリックに改宗しました。
 622年にムハンマドがイスラム教を開始、後継者カリフの一族ウマイヤ朝が世襲王朝となって領土を拡大、イベリア半島に進出してきます。カトリック教徒は北へ逃げ、西ゴート王国は711年に滅亡します。

2 ウマイヤ朝、後ウマイヤ朝との対決
 ウマイヤ朝勢力に押されながらも、アストゥリアス王国は首都オビエドに建国し、722年コバドンガの戦いで勝利します(レコンキスタの開始)。750年ウマイヤ朝が滅び、アラビア半島から逃げてきたアブド・アッラフマーン1世がコルドバを首都とし756年に後ウマイヤ朝を建国、ピレネー山脈を挟んでフランク王国と対峙します。フランク王国はスペイン辺境伯を置きイスラム勢力のピレネー越えを阻もうとしました。このスペイン辺境伯とアストゥリアス王国がレコンキスタの推進者となります。
 アストゥリアス王国から独立したレオン王国、レオン王国から独立したカスティーリャ伯領、スペイン辺境伯から独立したナバラ王国の連合軍が939年シマンカスの戦いでイスラム勢力を破りますが、直ぐに巻き返されます。後ウマイヤ朝はアブン・アッラフマーン3世下で最盛期を迎え首都コルドバは繫栄します。10世紀の終わり頃、後ウマイヤ朝のアル・マンスールがキリスト教国の拠点に遠征・略奪を繰り返し、レオン、ナバラ、カスティーリャはぼろぼろになります。またこの頃サンティアゴ・デ・コンポステーラもイスラム勢力によって破壊されました。
(この時代に関係する世界遺産)
・アストゥリアス王国とオビエドの宗教建築群(プレロマネスク様式)
・エルチェの椰子園(灌漑技術が優れ大量の椰子が植樹された)
・メディナ・アサーラのカリフ都市(アッラフマーン3世の離宮)

3 タイファ諸国、ムラービト朝との対決
 1031年後ウマイヤ朝滅亡、イスラム小王国のタイファ諸国に分立します。キリスト教側はナバラ王国の相続分割でナバラ王国、カスティーリャ王国、アラゴン王国となります。レオン王国を併合したカスティーリャが1085年トレドを奪還します。ここはレコンキスタ終了まではユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が共存、カスティーリャ王国の首都として栄えます(1561年フェリペ2世が首都をマドリードに移します)。
 イスラム側はモロッコのムラービト朝がイベリア半島に上陸しアンダルシアを支配します。キリスト側ではアラゴン王国が1118年サラゴサを征服し支配を拡大させますが、カスティーリャ王国と対立します。1147年ムラービト朝はムワッヒド朝によって滅亡させられます。
(この時代に関係する世界遺産)
・サンティアゴ・デ・コンポステーラ(聖ヤコブの墓がもと。1128年ロマネスク様式で再建)
・サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道(オビエド→パンプローナ→ブルゴス)
・歴史都市トレド(大聖堂はゴシック。エルグレコの絵)
・アビラの旧市街と城壁外の教会群(イスラム教徒の再侵入を恐れ街を要塞化)

4 ムワッヒド朝との対決
 ムワッヒド朝の治下アンダルシアが繁栄。古代ギリシャ文化は、副都のセビーリャから(イスラムを通じて)ヨーロッパに伝えられ、法官イブン・ルシュドのアリストテレス研究は中世ヨーロッパのスコラ哲学に大きな影響を与えました。
 キリスト教の国の分裂もあり、スペインにおけるイスラム勢力とキリスト勢力がほぼ互角の状態が続いていましたが、ローマに教皇インノケンティウス3世が現れ、第4回十字軍派遣などイスラムとの対決を鮮明にすると、イベリア半島でもキリスト教連合軍が結成され、1212年ラス・ナバス・デ・トロサの戦いで勝利します(大レコンキスタ時代の幕開け)。
 レオンを統合したカスティーリャが1236年コルドバを占領、1248年セビーリャを開城、1251年にはジブラルタル海峡に達します。アラゴンは1238年バレンシアを制圧しています。
 一方、イスラム側はムワッヒド朝が1276年に滅亡。グラナダではナスル朝が支配を拡大します。
(この時代に関係する世界遺産)
・要塞都市クエンカ(スペイン初のゴシック建築)
サラマンカの旧市街(コロンブスも学んだサラマンカ大学。「知識を欲する者はサラマンカへ行け」)
ブルゴスの大聖堂(スペイン・ゴシックの頂点)
・コルドバの歴史地区(メスキータ。円柱の森)
・セビーリャの大聖堂(各様式が混在。コロンブスの墓がある)とアルカサル(ムデハル様式)

5 大レコンキスタ後のカスティーリャ、アラゴン、グラナダ
 カスティーリャは大レコンキスタを行ったフェルナンド3世以降、内乱やペスト流行による人口減少を経つつも1410年王弟フェルナンドがグラナダ王国の拠点アンテケラを陥落させます。
 アラゴンは大レコンキスタを行ったハイメ1世以降、王権を強化し地中海へ進出。1443年アルフォンソ5世がイタリアのナポリ王国を征服します。
 一方、イスラムのナスル朝グラナダ王国は、キリスト教勢力の分裂等もあり、巧みな外交を展開しながら、交易などで繁栄し、存続します。
(この時代に関係する世界遺産)
・サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院(お告げにより川辺から掘り出された黒い木彫りの聖母像)
・トラムンタナ山脈の文化的景観(アラブ人が構築した水利灌漑システム)
・アラゴンのムデハル様式建築(イスラム+キリスト)

6 レコンキスタの完了
 1469年カスティーリャ王女イザベルとアラゴン王子フェルナンドが結婚。やがて二人はそれぞれの王位に就き、スペイン王国が誕生しました。1492年グラナダのムハンマド12世が降伏し、アルハンブラ宮殿無血開城により、レコンキスタは完了し、スペインは大航海時代に入っていきます。グラナダを落とし、イベリア半島からイスラム勢力を一掃しなければならなかった背景として、1453年にオスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼし、コンスタンティノープルを首都とし、大きな脅威となってきたことがあります。


(この時代に関係する世界遺産)
アルハンブラ宮殿(170年かけたイスラム建築の最高傑作。この宮殿を見て感激し世界遺産に興味を持つことになりました。)

(国際学術文化委員会 山田祐子)