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音とホール音響のお話

2018年第2回国際理解講演会

音とホール音響のお話

講師中島章博氏指揮者・作曲家
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻・建築音響工学博士

日時:2018年10月30日(火)
会場:港区立生涯学習センター305号室

講師の中島様には前回、2016年7月に、ご自身の留学生活(オーストリア国立ザルツブルク・モーツァルテウム大学指揮科)の体験エピソードを講演いただき、たいへん好評でした。今回はもう一つの専門分野から「音」・「響き」・「ホール音響」について、お話をうかがいました。

○音に関する基礎的なお話
はじめに、「音」についてそれぞれの立場の違いから説明されました:
・音楽屋としては、人間が聞いて感情の変化をもたらすもので、知れば知るほど奥深く、そして楽しく悩むものである。
・工学屋としては、音波すなわち波動。空気中であれば空気の粒子が振動することにより生じる疎密波にて伝搬するものである。
波には、横波と縦波がある。水面をイメージしてみると、水は上下に動き、波は横へと広がる。これが横波。いっぽう音は、空気の震えが伝わる「疎密波」で、これは縦波の一種。何かの震えにより、空気がつまったところとまばらなところができる。押し縮められた空気は、もどるときに先の空気を押し縮める。その空気の動きによって伝わったものを私たちは「音」として感じる。バネを使って伝わり方を示された。

○音色とは?
音の三要素
・大きさ(音量):音の大きさの違いはピアノでいうと鍵盤を強くたたく(大きい)。弱くたたく(小さい)。これは空気の震えの強さ。デシベルという単位で表す。
・高さ(ピッチ):ピアノの鍵盤でいえば、右にいくほど高い音が、左にいくほど低い音がでる。これは空気が時間あたりに振動する回数で決まる。周波数が高い(1秒間の波の回数が多い)ほど高い音になる。人は20ヘルツ~20000ヘルツまで聞こえると言われるが、大人の耳にはすでに20000ヘルツまでは聞こえず、どんどん衰えていく。
・音色(おんしょく):同じ「ラ」の音を弾いてもフルートとヴァイオリンでは聞こえる音がまったく違う。これは、基本となる音のほかに高さの違うたくさんの音が色々な大きさで組み合わさってできているからである。この組み合わせの違いでうまれる音の違いを音色という。波形も違ってくる。音色(ねいろ)という意味では、音の立ち上がり、のばしかた、減衰の仕方、切り方、人間の印象として、音量によっても変わる。

○和音とは?
異なる高さの複数の音を同時に響かせることを和音という。その時の音が調和して響くか、そうでないかによって協和音、不協和音となる。基本となる音の高さの周波数に対して2倍(オクターブ)、3倍、4倍と数が小さい整数比の周波数の音を重ねると響きがきれいに聞こえる。ビンを吹いて、3種類の音を出したり、フルートの管の一部を閉じて吹かれるなどの実演があった。

○響きとは?
1.音が広がりつたわること。またその音。2.ものに反射して聞こえる音や声。反響。3.余韻。残響。また、耳に受ける音や声の感じ。クラシックの楽器は、「響き」がつくことを前提として設計され、その楽器の音と、その場の「響き」が合わさって音楽となる。それを生み出す場がコンサートホール・劇場である。楽器の音と会場のすべての反射音の重ね合わせ(残響)が人間の感覚にうったえかけてくる。

○ホール音響のお話
時代によって変わっていった音楽ホールの音響について、映像を使って話された。古代ローマの野外劇場は屋根がないが、音響はよかったといわれている。オーケストラの語はギリシャ語のオルケーストラに由来している。野外劇場に見られる舞台と観客席の間の半円形のスペースを指しており、そこで合唱隊(コロス、コーラスの語源)が歌や台詞を発していた。
1700年以降だんだんと音楽は、宮廷で奏でるなどの貴族の為のものから、民衆の楽しみへと広がっていった。ミラノをはじめとする馬蹄形の劇場では、舞台のすぐ横の席は貴族の貴賓席になっていて観客席から貴族の姿が見えやすい設計になっているものが多い。
1781年にオープンしたライプチヒのゲヴァント(衣服の意)ハウスでは、もともと織物の倉庫や取引所であったものを、そのままホールとして使った。このように初期のホールは、音響の良さよりも、まずは人がたくさん入る場所を見つけて使用したりしていた。その後、ゲヴァントハウスは1884年に建てかえられ、当初500席だったものが1500席程の響きのよいホールになった。現在は再建され1920席のホールである。

ホールの形について、下記の例をあげて説明された:
・楕円形:ロイヤルアルバートホールやニュージーランドのクリストファーチャーチ・タウンホール。
・扇形:ミュンヘンのフィルハーモニーホール。
・靴箱形(長方形に近い):アムステルダムのコンセルトヘボウ、ボストンのシンフォニーホール、横浜のみなとみらいホール。少し膨らませてビア樽のような断面を持つのが大阪のザ・シンホニーホール。
・円形に近い形:ケルンのフィルハーモニーホール。
・ヴィニャード(ワイン畑)のような形:ベルリンのフィルハーモニーホールや東京のサントリーホール。

○ホール内の音響拡散デザイン
音響をよくするためにいろいろな工夫がなされていて、壁面の彫刻や、ウィーンのムジークフェラインスザールのように彫刻がほどこされている支柱なども音を拡散させる効果に結びついている。壁には屏風折れ、柱列をつけたもの、天井に円盤をつけて音を拡散させているところもあり、テストを重ねながら設計がなされていく。コンサートホールの音は、まず演奏された音が直接客席に最初にとどく「直接音」、これに続いてホール内で様々に反射されて客席にとどく「反射音たち」、これらの集まりで響きが作られる。この、ブレンドされた音が好ましく聴こえるのがよいホールということになる。
ホールでの演奏が想定されたどのクラシック曲も、響きを考慮して作られている。その例として分かりやすい、ベートーヴェンの「コリオラン序曲」の冒頭部分を用い、ソフトウェアで再構築し、響きの違いをデモンストレーションされた。

・響きのない室での演奏:・・・音がとぎれた感じ
・Roomでの演奏:・・・音響が少ない
・大ホールでの演奏:・・・コンサートホールで聴く響き
・カテドラルでの演奏:・・・神々しさはあるが、響きすぎて、テンポを速めると音がかぶってしまう
響きとは目に見えないが、心に響くもの。心地よいと感じるものがいい響きである。

<質問に答えて>
Q:コンサートホールとオペラ劇場の違いは?
A:オペラ劇場では多少響きを少なく設計する。例えば人の話し声などは残響がありすぎると、何を言っているのかわからなくなる。欧州では使用目的が明確に特定されている。日本では「○○市民ホール」といった多目的ホールが多く建てられているが、言葉には響きすぎ、クラシック音楽には響きが足りないものが多く、これは言い換えると無目的ホールである、と中島様が習った先生がおっしゃっていたそう。

Q:日本ではどのホールがよいのか?
A:例として、上野の東京文化会館、サントリーホールをあげられた。上野文化会館の響きは音色のうそをつかない、サントリーホールはどんな音でも綺麗に聴こえるなどの評価も付け加えられたが、結局は聴く人の好みによるもの。

以上のとおり、前半は理論的なお話で、中島様も知識の程度の違う参加者への説明に配慮されていたようでした。最後に、良い響きと感じるのは、科学では解けないそれぞれの感性によるものと述べられたのが心に残りました。

これに関連して、私が見たTVの話で恐縮ですが、2019年1月3日の深夜の番組、「辻井伸行×アイスランド」について。これは2018年4月のアイスランド交響楽団、指揮ウラディーミル・アシュケナージと辻井伸行のコンサート共演の収録でした。会場はハルパ・コンサートホール。この番組の中で、ホールの改修中に団員が練習していたという体育館で、辻井氏がピアノを弾き、アシュケナージ氏が体育館の中央に立ち、響きを確かめるという場面がありました。辻井氏は「ここでの響きはよくありませんね」と述べ、アシュケナージ氏は「劇場の響きは、演奏者の気持ちをも高めるもの」という内容の話をしていました。その後のハルパ・コンサートホールでの演奏(響き)は素晴らしいものだったようで、観客は総立ちで拍手をおくっていました。中島氏のお話を聞いた後だったので、番組の二人の言葉がよく理解できました。