2025年度 第1回国際理解講演会
「ユネスコ精神は国際対立を乗り越えられるか」
日時:2025年7月12日 14時
会場:港区立男女平等参画センター リーブラ学習室C
主催:港ユネスコ協会
共催:港区教育委員会
講演:小林亮氏 玉川大学教育学部 教授
ワークショップ:江原朋花氏 青山学院大学ユネスコクラブ(Le Lien ルリアン)
ワークショップ:齋藤楓氏 青山学院大学ユネスコクラブ(Le Lien ルリアン)
今回は、玉川大学教育学部小林教授から、「ユネスコ」について、全般的に解説をしていただくことになりました。 同教授は、長い間、玉川大学教育学部教授として玉川大学ユネスコクラブの顧問もされ、また、パリのユネスコ本部へ学生さんたちと一緒にスタディーツアーを企画されるなど、ご活躍されていらっしゃいます。 第二部では、青山学院大学ユネスコクラブ(Le Lien ルリアン)の江原朋花さん、齋藤楓(かえで)さんによる、関連ワークショップが行われました。

以下、ご講演の要約です。
【第一部】小林亮氏
1. 平和に向けたユネスコの変容的教育
■ユネスコが展開している教育は、昔は価値教育values education。最近は変容的教育transformative educationで、物の見方、生き方、考える、価値観をより平和で、持続可能なものに変容していくことに、力点が置かれています。

■対立と分断の世界
~今日の基本テーマ~ 第三次世界大戦になりそうな現状がある。このような時こそ、ユネスコが進めている地球市民性の育成とか、葛藤解決の能力の強化が教育課題となります。これがユネスコ活動の課題。
■矛盾した状況
国際対立の尖鋭化、排他的ナショナリズムの台頭、他方で、グローバル化の進捗、国際的連帯の協調も重要である。
すなわち、ICT、AI技術の進捗で、情報が世界中で瞬時に共有される時代になり、世界が結びついており、 気候変動、海洋汚染、エネルギー問題、食糧問題、水問題をはじめ、世界全体が一つのコミュニティーとして、連携して、対応しなければならない課題も増加しているため。
■ユネスコ憲章の言葉(1)
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」パリのユネスコ本部の中庭にある石碑に、このユネスコ憲章の前文が刻まれています。ユネスコの公用語6カ国語をはじめとする諸言語で記載されていますが、日本語がないのが残念です。(英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、アラビア語)
■ユネスコ憲章の言葉(2)
「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにも戦争となった」。「お互いを知ることが平和の礎」が、ユネスコ活動の基本になります。なので、異文化間学習、地球市民教育の重要性が、平和構築の基礎となる。
■ユネスコの主要事業
・教育、科学(自然科学・人文社会科学)、文化、コミュニケーション。
・その時、人類社会が直面している課題を解決して行こうとしているビジョン。
■ユネスコの変容的教育
ユネスコは戦後80年に渡り、その時代の人類社会が直面する重要課題を改善、解決するための指針となるさまざまな変容的教育(Values Education、Transformative Pedagogy)を提唱してきました。代表的な「変容的教育」は、ユネスコの考えている教育課題である。
■2023年ユネスコ新教育勧告(1974年ユネスコ教育勧告の改訂版)
・ユネスコ第42回総会で採択された。2023.11.20。
・新しいユネスコ教育勧告は、教育のあらゆる側面をまとめ(ESD持続可能な開発のための教育、GCED地球市教育)、デジタル技術AI、気候変更、ジェンダー問題、基本的自由まで、さまざまなテーマ分野を結びつけている。 その都度人類社会が直面してきた課題を解決しようとしている。
・国際理解教育学会は、より理解してもらうために、カード型教材を開発しており、さまざまなネットワークも活用している。
■ユネスコ教育勧告2023
<ユネスコのネットワークの役割を重視しているが特徴>
・71条 加盟国は、特に持続可能な開発のための教育(ESD)と、地球市民教育(GCED)の相互連関性について、ユネスコチェア、UNITWIN ネットワーク(先進国と途上国の大学が一緒になって課題を解決していく)、ユネスコスクール(ASPnet)などのユネスコの関連プログラムやネットワークの支援を受けながら、政府間の取り組みを通じて互いに協力し、また国内外を問わずあらゆる関係者と協力することで、本勧告に関する自国の活動を拡大し、完遂するよう努めている。
2. ESDとSDGs
■ESD(Education for Sustainable Development)について
・大きな柱は、「持続可能な社会を実現するための価値観や行動の変容」。このままだと持続可能ではないので、100年後、1000年後まで、生き延びていけるよう、行動、価値観を変えて行きましょうという教育。文部科学省は、ユネスコスクールをESDの推進拠点としている。
・「ESD for 2030」という枠組みも、2015年国連総会で採択されている。若者を支援していくこと。教育者の能力形成。学習環境の変容など。
■SDGs持続可能な開発目標
2015年国連総会で採択された人類共通の目標で、2030年までに達成すべき17の大きな目標ですが、実際には、2030年迄に達成できない模様です。2030年には、次の開発目標が国連によって採択され、それがユネスコ活動の指標になると思われている。
■ESDとSDGsはグローバル人材育成のカギ
英語力より、国際感覚の方が重要である。世界の諸問題に関心が持てるか?世界の諸問題を解決・改善に向けて変えてゆこうとしているか?世界の諸問題の解決に向けて、創造的な発想が持てるか?など。
■競争型ではなく共生型の社会
・グローバル化の進捗に伴い、21世紀型スキル、国際バカロレア、グローバルコンピテンシーといったグローバル人育成のプログラムが開発されている。
・しかし、これら競争型人材育成とあわせて、競争の負の側面をカバーするための、「共生型」のグローバル人材育成が求められる。これが、ユネスコが提唱している変容的教育である。国連やユネスコが目指しているのは、競争型社会ではなく、共生型の社会。「誰一人取り残さない社会 No one will be left behind」
3. 価値の衝突
■価値の葛藤
・現代社会では、多様性が重視されるが、国籍、民族、宗教、政治的立場、職業、世代、ジェンダーなどによって異なる価値観や道徳判断があり、異なる価値観の間で衝突や葛藤が起きることが多くなっています。「共生」は、簡単ではない。
・何が「正しく」、何が「誤り」なのかの判断が難しくなっているのが現代社会の特徴です。
・こうした価値の葛藤に直面して、どのように解決をしたらよいのかを考えることは、現代社会に生きる私達にもとめられる「生きる力」である。
■文明の衝突
文明の衝突論(ハンチントン)~21世紀には政治的イデオロギーではなく、民族、宗教が作り上げてきた文明間の対立が激化して、それに振り回されるだろうと予測したが、その通りになっている。
・米中の対立
・アメリカとイスラム圏の対立
・ロシアとNATO諸国との対立
■イスラム教における女性の地位
・イスラムにおける女性の地位は、「コーラン」とその注釈「ハディース」での記述が根拠となる。イスラム教の女性観は、アラブ人の部族社会の家父長制を強く反映しています。=「女性は保護すべきもの」
聖典「コーラン」には、第4章「婦人」の章がある。
「アッラーはもともと男と女との間には、優劣をおつけになったのだし・・・」
・タリバン(イスラム原理主義)では、自分達は、神の言葉であるコーランの教えを忠実に守っているので、外からいろいろ言われる筋合いはない、という言い分。欧米からの批判は、彼らから見ると的外れ。これも文明の対立の一局面。
・コーランの記述をどの程度、現代に適用するか?
■仮説→参加者の皆様への問い
・文明の対立は、根本的に解決されないのでは? 真の「普遍的市民性」概念を構築していくためには、イスラム文明、中国文明、ヒンドゥー文明等の「非西洋文明」が、文化伝統の中で何千年も培ってきた「市民性」に「市民権」を与え、(前近代的と決めつけるのではなく)諸文明にある普遍的要素を統合していく形で新たな市民像を創っていくのが、ユネスコ的で、前向きなアプローチではないか? 皆様、いかがお考えでしょうか?
・世界の人口では、21世紀後半には、イスラム教徒が世界一、キリスト教徒より多くなる。するとイスラム教徒の正義が世界を代弁するのか? この問いを投げかけたい。
4. 地球市民教育 (GCED: Global Citizenship Education) とは何か?
■地球市民とは?
・ユネスコが最優先課題として取り組んでいる教育プログラムの一つである。ベートーベン交響曲第九番 Alle Menschen werden Brueder 「すべての人は兄弟姉妹となる」のイメージ。
■「ESD」と「地球市民教育/グローバル・シティズンシップ教育 GCED: Global Citizenship Education」は、ユネスコが現在、最優先課題として取り組んでいる教育プログラム。
■「グローバル教育第一イニシアティブ Global Education First Initiative」
~2012年 藩基文 国連事務総長によって提唱されました。
・3つの最重点課題とは、①全員就学 ②学習の質改善 ③地球市民意義の醸成。
これに基づいて、ユネスコは、2013年に「GCED地球市民教育」を発足させた。
■「地球市民教育」(GCED)の目的
・人類社全体が直面しているグローバルな課題について、ローカルな視点、およびグローバルな視点の両方からよりよい解決の方策を考え、当事者として、世界が直面する課題に積極的な貢献ができる人を育成する教育を目的とする。
5. 正義の対立を乗り超える視座
■今、世界でおきていることは、「正義の対立」である。お互いに自分達は道義的に正しいことをしているのに、相手が道徳的に間違った態度をとっていると主張している。ロシアとウクライナの戦争をみても、イスラエルとパレスチナの対立、米中対立4、アメリカとイランの対立も。正義の対立を乗り越える何らかの視点と手段が獲得されないといけない。
■問題提起
・世界人権宣言は、第3回国連総会で採択された。1948年12月10日。(12月10日は、世界人権デー)賛成48票、反対0票、棄権8票で採択された。棄権国:ソビエト連邦、ウクライナ、ベラルーシ、ユーゴスラビア、ポーランド、南アフリカ、チェコスロバキア、サウジアラビア。棄権8か国は、国連の提唱した人権宣言を普遍的価値とは考えなかったということ。 問い:文化的多様性が尊重されなければならないというが、文化的多様性とは、どこまで含むのか?民主主義の捉え方、人権の捉え方、平和や戦争の捉え方の多様性は認められないのか? 例えば、北朝鮮の正式名称は、朝鮮民主主義人民共和国。ホームページには、民主主義を国是とする人民主体の国家として運営していると書かれているが、彼らの民主主義をやっているのは、間違った民主主義なのか?
■共生を妨げる要因
・憎しみと不信感
・共生を否定した例:ユネスコ危機遺産
・バーミヤンン仏教遺跡の破壊が意味すること
6.ユネスコスクールと民間ユネスコ運動
■1953年創設 世界的な学校間ネットワーク(ASPnet)
日本:1083校 (2025.9月)
世界:12,000校(182ヵ国)(2025.3月)
・港区のユネスコスクール
聖心女子学院 初等科・中等科・高等科
東京都立三田高等学校
・ユネスコスクールに重点的に取り組んでもらいたいとユネスコが推奨している学習テーマ
①ESD(Education for Sustainable Development持続可能な開発のための教育)
②GCED(Global Citizenship Education & Culture of Peace and Non-violence地球市民教育および平和と非暴力の文化)
③異文化学習 (International Leaning)
・戦争当時国や独裁国家もユネスコ加盟国
ロシア・ウクライナ・パレスチナ自治政府、北朝鮮、アフガニスタン、ミャンマー、スーダン 他
ロシアのユネスコスクール 280校
ウクライナのユネスコスクール 79校
これらの国々のユネスコ協会やユネスコスクールと繋がり、平和への道を開拓できるのではないか? 回答は、政治的レベルを超えたところから見つかるのかも知れない。
・民間ユネスコ運動の世界的ネットワーク
日本:268団体 (2025年6月現在)
世界:4921団体(89カ国)
【第二部】江原朋花氏、齋藤楓氏
「ユネスコ精神で“優越”を超える多文化理解」のワークショップが行われました。
参加者を4つのグループに分け、それぞれが選んだ料理、スポーツ、衣装、音楽のテーマ

の中から国別の立場に立って、他の国より優れている点などの意見を述べ、異文化共生を感じるものです。ファシリテーターは、都立三田高校ユネスコ委員会の生徒さんたちが中心になって行われました。
ご登壇いただきました皆様、お忙しいところ、ご協力いただきまして、大変有難うございました。戦争の絶えない時代に、ユネスコについての解説・ワークショップを企画いただきましたことは、大変意義のあることを感じております。参加者31名。
(常任理事 国際学術文化委員会 佐藤律子)