日時:2020年10月15日
会場:リーブラホール
主催:港ユネスコ協会
共催:港区教育委員会
後援:世界遺産アカデミー
司会及び会長挨拶のあと、講師の紹介が行われました。
当日は80人の応募がありましたが、あいにく天候も悪く63人の参加となりました。テンポの良い講師の話と興味深い神話の世界、美しいギリシャ世界遺産の画像、時に講師から会場へ三択の質問の呼びかけなど、会場全体が講師の話に引き込まれていきました。
<講演>
今日は古代ギリシャの神話と世界遺産ということで、世界遺産の話なのですが、文化遺産のすべてに歴史が関係し、その多くに神話が関わっています。現在は廃墟となっているものが多いので、歴史や神話の話から想像を膨らませて、遺跡を見てほしいと思います。
ギリシャの国土は日本の3分の1ですが18件の世界遺産があり、多くがギリシャ神話に関係しています。ギリシャは人口約1000万人。アテネに約300万人が暮らし、ギリシャと言えばアテネと思われる程、日本よりはるかに一極集中している国です。
エーゲ文明
歴史は、エーゲ文明の後に暗黒時代に入ります。その頃、ギリシャ神話が語られ、ポリス時代、黄金の時代がやってきます。
古代の四大文明ですが、まず、メソポタミア文明はチグリス川とユーフラテス川の間、今のイラクで起こります。エーゲ文明はメソポタミア文明やエジプト文明の影響下で興りました。
エーゲ文明はクレタ島で始まりました。紀元前2000年頃から、線文字Aを使うクレタ文明の後、紀元前1600年頃、ペロポネソス半島のミケーネに文明の中心は移り、現在解読可能な線文字Bを使うミケーネ文明が起こります。ドーリア人の侵入により破壊され、文字を持たない暗黒時代を経て、BC8世紀頃から、各地でポリスが出来ていきます。そしてアテネを中心に栄えました。
古代ギリシャ人は自分たちのことを「ヘレネス」と呼びました。地中海交易で出会う異民族の言葉が「バババ…」と聞こえたため、違う言語を話す異民族を「バルバロイ」と呼んでいました。
地中海に東方からペルシャ帝国が勢力を広げ、ペルシャ戦争が起こり、BC4世紀にはアレキサンドロス大王のマケドニアが起こり、ポリスは衰退していき、ローマ帝国に飲み込まれていきます。
地中海は夏暑く、ギリシャの土地はやせていて、小麦の栽培には不向きですが、オリーブとブドウはよく育ちます。オリーブは最初の十年間は世話が大変ですが、その後は何もしなくても実をつけてくれます。また、葡萄酒は、日本酒と異なり、ブドウを樽に入れて放っておけばワインになります。
氷河期には地中海はなく、山と平野が広がっていました。日本も大陸と繋がっていたと考えられていますが、地中海も氷河期が終わり、暖かくなり、エーゲ海が出来ました。そして、農耕が伝来し、文明が出来ていきます。文明とは、四大文明でもわかるように、まず、文字を持つこと、青銅器などの道具を持つこと、都市国家を形成することです。
地中海ではクレタ文明が起こります。クノッソス神殿は世界最古の神殿ですが、近代的な工法で修復されていますので世界遺産に認定されていません。巨大貯蔵庫にはエジプト文明の物と思われ高価な備品もあり、交易が行われていたことが分かります。壁画には海の青さも描かれ明るい文明であったことが想像できます。また、他の壁画には、牛の上でアクロバットをしている絵も残されています。
クレタ文明はミノア文明と言いますが、王様の名前がミノスだからです。
ミノスは神ゼウスと人間エウローペの子供です。ミノスの子供は牛の頭を持つ怪物でした。ミノスはその怪物ミノタウロスを閉じ込める迷宮をクレタ島に造らせ、毎年生贄を運ばせました。アテネの王子テセウスがミノタウロスを退治にやってきます。ミノス王の王女アドリアドネがテセウスに恋をし、手を貸してミノタウロス退治したという神話が残されています。
クレタ文明は結局アカイア人に滅ぼされます。クレタ文明では線文字Aが使われていましたが、これは解読できず、アカイア人が使っていた線文字Bが解読できたため、歴史が明らかになりました。この頃ミケーネ文明の都市国家間で抗争を行っており、戦闘的な壁画が残っています。
ミケーネ文明に残された黄金のマスクは神話に出てくるスパルタ王アガメヌノンではないかと言われていますが不明です。
ミケーネ文明を破壊したのは、北方からのドーリア人の侵入によると言われてきましたが、この頃他の文明は海から侵入してきた民族に破壊されていますので、ミケーネの破壊も海からの民族によるものではないかとも言われています。
現在トルコに位置するトロイアでも、BC2600年頃から地中海の文明が起こっていました。これを発掘したのはドイツのシュリーマン。彼はホメロスの叙事詩「イリアス」の世界が実在すると信じて作業に取り掛かり1871年、発掘に成功しました。
クレタ文明、トロイア文明はアカイア人に滅ぼされ、アカイア人はミケーネ文明を残しますが、ドーリア人に滅ぼされます。ドーリア人はそれまでの文明の主流であった美しい青銅器に代わり、鉄器を使用し、非常に強かったです。この後、記録がない時代に入っていき、この時代を「暗黒時代」と呼びます。この時代に神々の神話が出来ます。
ギリシャの神々はローマの神々にそのまま繋がりますが、呼び名が異なります。
神話の話の最後にトロイア戦争の原因とも言われます「パリスの審判」の話をします。これは神ゼウスが、トロイア王の息子で羊飼いをしているパリスに3人の女神のうち最も美しい女神の判定をさせる話です。ゼウスの妻で神々の女王ヘラは自分を選べば「世界の王の座」を、アテナは「戦いにおける勝利」を申し出ますが、結局「最も美しい女性を与える」と申し出たアフロディテをパリスは選びます。パリスはスパルタ王の妻ヘレネを得ますが、そのため戦争になります。そもそもこの戦争は増えすぎた人間を減らすことが目的でしたので、神々がこの戦争に介入し、戦争は長引きますが、トロイアは滅びました。
BC8世紀頃ポリスが形成されますが、ポリス間の抗争は市民も含む総力戦となり、戦いを担う市民たちは当然政治への参加も求めアテネで民主制が発達します。貧富の差の問題解決を行うソロンの改革などがあり、その後、ペルシャ帝国との衝突から有名なマラトンの戦いなどペルシャ戦争が起こります。ペルシャに備えてデロス同盟が作られますが、BC5世紀にはライバルのスパルタ(軍事訓練に励む国)のペロポネソス同盟との間でペロポネソス戦争が起こり、やがてポリス社会は衰退していきました。
①ミケーネとティリンスの考古遺跡
BC1600年~BC1200年ギリシャ人第一波アカイア人による文明。巨石の城砦は幾何学的な文様、入り組んでいる構造が特徴。ミケーネ文明の中心地。シュリーマンが発掘。黄金のマスク(ギリシャ神話に出てくるスパルタ王アガメヌノン?)など。
②トロイアの考古遺跡(トルコ)
ホメロスの「イリアス」に書かれた「トロイの木馬伝説」を信じてシュリーマンが発掘。
③パルテノン神殿(アテネのアクロポリス)
女神アテナに捧げられた神殿。柱はドーリア式(ほかにコリント式、イオニア式がある)。黄金比でできている。黄金比は1:1.618の比率で人が最も美しいと感じる比率。
④アテナ・ニケ神殿(アテネのアクロポリス)
勝利の女神ニケが飛び去らないよう翼を切り落されたニケ像が祀られていた。
⑤ディオニソスの劇場(アテネのアクロポリス)
ギリシャ悲劇などが演じられた。
⑥オリンピアの考古遺跡
ゼウスの聖域。ポリス間の争いを中断する目的で古代オリンピックが行われた。ヨーロッパ人はアテネに対する憧れが強い。クーベルタンの提唱により近代オリンピックが始まる。
⑦サモス島のヘラ神殿とピタゴリアン
聖火の採火を行う場所。サモス島は女神ヘラの誕生地。ピタゴラスも生まれた島。
⑧デロス島のアポロン神殿
ドーリア式。太陽神アポロンと月の女神アルテミスが生まれた島。
⑨デルフィの考古遺跡
アポロンを祀る神託の地。
⑩エピタウロスにあるアスクレピウスの聖地
医神アスクレピオスの聖地。複数の神殿と宿舎があり病人が休み癒される温泉などもあった。
⑪バッセのアポロン・エピクリオス神殿
BC420年、ペストの流行を免れた住民が感謝して建てた。ドーリア式、コリント式、イオニア式が混在している。