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Minato Unesco Association

2019年MUA新年会懇親会

・・・能楽師・宮内美樹さんと謡「高砂」で新年を寿ぐ・・・

日時:2019年1月24日(木)正午から
会場:NEC三田ハウス芝倶楽部3F

今年の新年会は、ゲストに能楽師の宮内美樹さんをお招きして、「ユネスコの無形文化遺産」にも登録されている日本のすばらしい伝統文化を堪能する貴重な一日となりました。

<プロフィール>
1971年水戸徳川家に生まれる。東京大学を経て津田塾大学を首席卒業後、科学技術庁(現文部科学省)に奉職。32歳の時に観た「能」に魅了され、その3か月後に退職し、修行に入る。8年の住込み修行後、能楽師認定を受ける。以降、舞台での演能活動を中心に、伊勢神宮を始めとする神社・寺院、被災地での奉納舞台、普及活動、外国人(英語・仏語で)・子供への能楽教育に携わる。
https://www.shuuseikai.jp/

なぜ、お祝いの席に「高砂」を謡っていたのでしょう?「謡(うたい)」とは何?ユネスコ無形文化遺産に指定された「能楽(能・狂言)」とは?そんな疑問を解決してくれる「能楽の歴史」のお話から始まりした。
「能楽」には縄文時代頃からの日本人の美的感覚、体で感じてきた感性、太陽・月への崇拝、自然現象への恐怖、守ってくれている「自然」への信仰心等々の価値観が盛り込まれているといえるでしょう。
このような自然信仰の基本精神を底流に、古代ギリシヤの仮面劇を起源として中近東・インドを経てきた大陸の文化・芸能が「遣唐使」によりもたらされ、それらが渾然一体となって「能楽(能・狂言)」の基礎が出来上がり、「日本の古典芸能」の礎となりました。その後、お寺や神社に舞台を設えての「奉納(信仰)」、そして「娯楽」となり庶民に親しまれてきました。
鎌倉時代を経て室町時代に、足利義満が「世阿弥」と出会い、世阿弥を認め、天皇家・公家に対する幕府の饗応芸能として重用。庶民の為の「信仰・芸能」に義満の意思を受け入れての手を加えて、今日の「能」という世界が形作られたのです。信長、秀吉、清正は、武士道精神が「能」に盛り込まれていることを見て、自ら演ずるほどに保護しました。家康迄もが「武家の式学(儀式に用いる音楽や舞踊)」として「能」を取り入れたほどでした。
自然信仰の精神に加えて仏教、神道、陰陽道、それに「武士道」の心である仁・義・礼・智・信という道徳心がぎゅっと詰まっていることに人心をまとめるに最適な「道」として思われたからでしょう。明治維新以降の「能楽」は、世界に誇る「演劇」として再認識して財閥の力を借りて「保護」され昭和期迄進みますが、戦後の時代変化では能楽師自ら市民へ直接の「お稽古」へと発展し、今日となっています。

さあ、本題の元旦の江戸城での恒例行事、将軍様に新年を寿ぐ能楽師の「高砂」の謡の再現の時間です。お祝いの席の名曲「高砂」の一節 ~ 四海波静かにて 國も治まる時つ風 枝を鳴らさぬ御代なれや ~ 全員でお稽古して、宮内さんの朗々とした「高砂」を拝聴。淑気たつひと時となりました。

<まとめ>
日本文化のエッセンスの詰まった「能楽」のお話を興味深く聞ことができ最初の疑問が解けてきたと一同感動の声。分かりにくい、言葉が聞き取れないということで敬遠されがちですが、これを機会に、能楽堂で「能楽」を鑑賞したり、一歩進みたい方は、認知症になりにくい良い姿勢を保ち体幹に良いというお稽古事として「謡・仕舞」を始めたりは、いかがでしょう?