2022年度 港ユネスコ協会 シンポジウム
ユネスコ「世界の記憶」と増上寺の経典
日時:2023年1月18日(水)18時30分~20時30分
会場:国際文化会館
パネリスト:前国立公文書館長 加藤丈夫氏
パネリスト:浄土宗総合研究所研究員 柴田泰山氏
コーディネーター:港ユネスコ協会会長 永野博
共催:港区教育委員会 協力:大本山増上寺
後援:公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟・ 東京都ユネスコ連絡協議会
この度、港区に所在する大本山増上寺が400年以上所蔵する「三大蔵」がユネスコ「世界の記憶」Memory of the World に登録申請されたことを機会に、本シンポジウムが開催されました。文部科学省国際統括官 岡村直子氏、港区教育長 浦田幹男氏からご挨拶をいただいた後、加藤丈夫氏、柴田泰山氏のご講演があり、パネルディスカッションには、岡村直子氏もご参加くださいました。
パネリスト: 加藤丈夫氏(前国立公文書館長)
2013年から21年まで国立公文書館の館長。そのようなご経験から、日本が国として歴史的な重要資料をどうやって発掘しそれを保存、管理し、それを公開するか、その取り組みについて、解説いただきました。以下、要約です。
アーカイブス(archives):記録として保存された公文書・私文書などの資料。
アーカイブスに保存される資料は公文書が多いので、アーカイブスは公文書・公文書館と訳してしまったが、
本当は私文書を含めた「記録資料館」というのが正しい。
アーキビスト(archivist):アーカイブスの仕事に携わる専門家。日本語訳はない。
国立公文書館 National Archives of Japan:
本館(千代田区北の丸公園内、昭和46年建設)
つくば分館(つくば研究学園都市内 平成10年建設)
所蔵する文書は約150万冊
歴史公文書:約100万冊(30点の重要文化財含む)
明治初期から現代まで、国の重要な意思決定に係わる憲法をはじめ法律、勅令、政令、条約の公布原本などの
公文書。
・日本国憲法の原本、終戦の詔書の原本(終戦の時、昭和天皇が読まれた詔書)
古書・古文書:約50万冊
江戸時代以前の将軍家をはじめ寺社・公家・武家などが所蔵していた文書
・吾妻鏡、全相平話
個人からの寄贈・寄託文書:
佐藤榮作関係文書、竹下登旧蔵文書など
・佐藤榮作日記
・平成(元号)の書(新元号“平成”を発表する小渕官房長官(当時))
■アーカイブスの役割
1.公文書を管理する場所として
人々の生き方や暮らしに影響を及ぼす社会の決まり(憲法をはじめ法律、条令など)の内容と、それが成立
した経過を正しく知ることができる。
2.歴史資料を管理する場所として
国や地域の歴史や文化を理解することを通じて、国民・住民としての誇りや 自信を持つことと併せ、未来
を考える力を養うことができる。「記憶遺産」は、この役割に該当する。
■アーカイブスの充実に向けた国の取り組み
1. 公文書管理法(2011年施行)の趣旨の徹底
最近、不祥事に関連して公文書という名前をよく聞くようになった。公文書の作成-管理-保存-公開に
関する基本ルール、法律を徹底することで解決ができる。これが一つの取り組み。
2.歴史的資料の積極的な収集
2018年の明治150年を機に、全国に散在する歴史的な重要資料を積極的に発掘・収集し、できる限り
デジタル化して広く国民が利用できるようにする。お寺、神社、古い庄屋の屋根裏などにある歴史的な資料
など。
■アーカイブスの現状(1)
我が国における公文書館等の設置状況
・都道府県公文書館:42館、政令指定都市:10館、市区町村:35館
合計:87館(令和4年7月現在)
■アーカイブスの現状(2)
我が国のアーカイブスの管理状況(公文書管理)は欧米の先進諸国に比べて立ち遅れており、ハード・ソフト両面
の体制整備が急務となっている。
・国立公文書館(本館)1971年設立 職員200名
例えば、フランスの公文書館1790年設立(フランス革命の翌年)職員529名
■アーカイブスの充実に向けた課題(1)
1.資料の積極収集の推進
デジタル化してオンラインで繋ぐ。「国立公文書館デジタルアーカイブ」と入力すると、例えば、重要文化
財20点位を自宅パソコンでみることができる。
2.ユネスコの文化遺産への登録推進
国として積極的に応援している。登録して、歴史的重要資料の価値の再認識をすること、保存体制を整える
こと。これが、国が取り組んでいる充実に向けた課題。今日のメインテーマ。1番目の課題。
■アーカイブスの充実に向けた課題(2)
記録管理に携わる人材の育成 ・アーキビストを増やす。コツコツと地味な仕事だが、この人達が文化を守るキー
パーソン。課題の2番目。専門家としての社会的地位を確立する。研修の充実、公的認証制度の活用。
パネリスト 柴田泰山氏(しばた たいせん)(浄土宗総合研究所研究員)
大本山増上寺が所蔵する三種の大蔵経(仏教文献叢書)
大本山増上寺が所蔵する三大蔵について、その歴史と概要、寄進した家康公の仏教文化や世界平和への思いなど、その歴史と未来を解説していただきました。以下、要約です。
■大殿と経堂
増上寺の本堂。1300年代後半に建設。江戸時代、徳川幕府のもとで繁栄したが、明治以降、火事、大震災、
大空襲に遭い、まさに東京の歴史、港区の歴史とともに歩んできた。経堂は1800年代の建物。江戸時代以降、
大蔵経はこの経蔵に保存されている。
■増上寺所蔵の三大蔵
①宋版:南宋時代(12世紀)に開版された思渓版大蔵経 5342帖(下の左写真)
②元版:元時代(13世紀)に開版された普通寧寺版大蔵経 5228帖
③高麗版:朝鮮高麗時代(13世紀)に開版された高麗版大蔵経 1357冊
■徳川家康
何故、増上寺に3つも大蔵経があるのか? 家康はなぜ3つも寄進したのか? 家康は、1つでは足りないので3つ
大蔵経を寄進し、増上寺を中心に江戸、日本、世界の平和と安心、安全、安穏を祈り、願い、誓った。明治維新
以降も、増上寺は三大蔵を手放すことなく、これら全てに将軍家の赤い三つ葉葵の印鑑を押して保管している。
増上寺では、江戸時代、管理者が大事に管理していて、ほぼ出すことはなかった。このように大蔵経を守り続けて
きたことが、増上寺の歴史である。
■大蔵経に何が書いてあるのか?
印刷技術が中国宋代に整ったところで、最初に作った大蔵経が宋版大蔵経である。何が書いてあるのか? まず、
インドのお経、インドの戒律、インドの様々なお経の注釈書、インドの人の書いた大乗なり小乗なり上座部系なり
の様々な論書。そのような膨大な資料をワンセットにし、後世に伝えようとしたものが大蔵経である。大蔵経は
仏教聖典叢書であり、古代インドの自然、文化、芸能あるいは薬、医学等々に関する様々な情報も含まれており、
東洋の哲学、東洋の知恵、東洋の文化の集大成でもある。
■なぜ、大蔵経がたくさん作られたか?
中国で、宋代から清代に至るまでの各時代に様々な大蔵経が作られた。大蔵経を作るということが、その文化的
ステータスであり、それを配ることが、高度な文化の象徴でもあった。一つの大蔵経を管理するだけでも大変だ
が、増上寺は3つの大蔵経を所蔵している。
■近現代の仏教学の基盤的存在
この三大蔵を校定本として作られたのが、今、仏教学を専門にする者が必ず使い、全世界の仏教研究の基準にな
っている大正新脩大蔵経である。
■デジタル化
2024年、浄土宗は法然上人(宗祖)の開宗から850年を迎える。それを記念して、2017年の段階から、
三大蔵のデジタル化を進めている。今後、「大正新脩大蔵経テキストデータベース」と入力すると、高麗版、
宋版、元版、全てをご覧いただくことができる。全世界に公開し、未来の仏教学研究、仏教研究に繋げ、ひいては
東洋の思想、伝統、哲学を広く世界に伝えていく予定である。
参加者51名。ご講演の後のパネルディスカッションでは活発な意見交換があり、終了後、参加者同士がフロアで和やかに会話されていて、満足した様子でお帰りになりました。
(常任理事 国際学術文化委員長 佐藤律子)