講演者:
永田佳之(基調講演)聖心女子大学教授
保坂直紀 サイエンスライター・気象予報士・東京大学特任教授
岡田英里 聖心女子大学4年
日時:2019年12月6日(金)18時30分~20時30分
会場:港区生涯学習センター「ばるーん」1階101号室
主催:港ユネスコ協会
後援:日本ユネスコ協会連盟、日本ESD学会、ESD活動支援センター、関東地方ESD活動支援センター
気候変動への対応は持続可能な開発目標(SDGs)にも掲げられた喫緊の課題です。気候変動教育に関する国際的な議論や事例を手掛かりに、気候変動に関連する個人や地域の取り組みについて、教育と科学の専門家及び未来を担う若者とともに考えました。
以下に、ご講演、討議および参加者との質疑応答の内容の要約を記します。
ユネスコは二度と悲惨な戦争を繰り返さないよう、人の心に平和の砦を作ることを目指して国際理解教育などを進めてきた。やがてヨーロッパで酸性雨被害が顕著になると、人間の共有の敵は環境破壊ではないか、それを作り出しているのは私たち人間ではないのか、という問題意識が芽生えていった。ユネスコで持続可能な開発のための教育(ESD)が推進されるようになった当初から気候変動教育はESDの実践例の一つとされてきたが、年々その重要性は増している。現在開催中の第25回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP25)では教育の専門家も健闘中で、このようなシンポジウムを開催するのは非常にタイムリーだ。
干ばつによる気候変動難民の発生、海面上昇による沿岸部の都市への影響、熱波による死者、大都市の水害、極端な気象現象による交通インフラの停止、生物多様性への影響など、気候変動によって様々な現象が起こり、人間の生活に影響を及ぼしている。大気中の温室効果ガスの増加によって地球の周りにビニールハウスのような幕が張られた状態となり、それまで地球の外に放出されていた熱が放出されにくくなったことが地球温暖化の原因と考えられている。
産業革命以降、地球の平均気温は約1度上昇したといわれており、2015年に採択されたパリ協定では2100年までの気温上昇を1.5度に抑えることが目標として掲げられた。気候変動によって住む場所を追われる人は3000万人とも言われ、アフリカなどの地域では深刻な問題となっている。世界で最も二酸化炭素を排出している国は中国、アメリカ、インド、ロシア、日本の順だが、一人当たりの排出量に換算するとアメリカ、韓国、ロシア、日本、ドイツが続く。また、個人消費による温室効果ガスは世界の富裕層(10%)が約半分を排出している一方で世界人口の50%を占める貧しい人による排出は全体の排出量の10%に留まっている。先進国が便利で快適な生活を求め大量生産、大量消費・大量生産を進めたことが温暖化をもたらし、途上国に様々なしわ寄せを来している。
気候変動対策の国際的な流れとしては、法規制や技術革新による対策のほか、石油産業への投資(invest)を減らす「投資引き揚げ(divest)」が増加している。教育の分野では、2012年ドーハ作業計画第6条において気候変動のカリキュラム統合、気候変動に関する教員研修、教材開発、学校以外での教育、若者のエンパワーメントなどが明記された。一例として、イギリスの気候変動教育では、飲食、エネルギー、交通、校舎・校庭、ウェルビーイング、参加と包摂、購買と消費、グローバルな視点、という8つのテーマのどこからはいってもよいという「8つの扉活動」をカリキュラムに導入している学校がある。
学校ではコンポスト、カーシェアリング、学校菜園、太陽光パネル、大量生産・大量消費・プラスチック不使用など、いくつものサステイナビリティの項目を設定し、施設等ハード面からもカリキュラムのソフト面からも気候変動について考える機会が設けられている。このような取り組みを港区でも実施できたら大変すばらしいと思う。日本国内の取り組みはまだまだだが、自然エネルギー100%大学を掲げ電気を作って販売する大学も現れた。個人での取り組みについては、国連広報センターで紹介されている「ナマケモノにもできるアクション・ガイド」が参考になる。3Rの中ではReduceが最も重要であることも忘れてはならない。
世界各地で毎週実施される若者たちの気候ストライキを通じて「変容=transform」が必要なのだと感じる。Transform(変容)という単語はSDGsの副題「世界を変える17の目標」でも「変える=Transform」として使われている。Transform(変容)のために、自分にとっても地球にとっても良いことを考え、まず自分(大人・教師)が変容することから始めることが大切。教師の変容(例えば、教室の様子を変えるために職員室の変容に取り組む)は生徒の変容につながり、生徒の変容は学校の変容に、学校の変容は地域の変容につながる、すなわち、自己変容は社会変容へとつながり、好循環が生まれる。変容とは一時的な変化ではない深い次元の変容であり、それが気候変動の対策に求められている。最後に、マハトマ・ガンジーの「世界に変化を見ることを望むならあなたがその変化になりなさい」という言葉を紹介して終わりたい。
地球では太陽から来た光で地球の地面が温められ、温まった熱は宇宙に戻っていくが、太陽から来る熱と宇宙に戻る熱のバランスが取れているので地球はほぼ一定の気温に保たれている。地球各地の気温を平均するとおよそ15度程度だが、仮に地球に大気がなくて二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスがなかったら、地球の平均気温はマイナス18度になると考えられている。
気温の面から見る「地球温暖化」とは、温室効果ガスが増えて温室効果ガスが吸収した熱が地球に再び放射された結果、太陽から来る熱の量は一定であるにも関わらず、熱がこもって気温が上昇してしまう現象。
大気中の二酸化炭素は植物の光合成の働きにより植物に吸収され、植物は動物の栄養分として吸収され、やがて動物が死ぬとバクテリアに分解されるなどして再び大気中の二酸化炭素になる。これまで地球全体の二酸化炭素は排出と吸収の循環が繰り返され、バランスが保たれていた。一部の動植物は特殊な状況で地中に閉じ込められて炭素となったが、それらは石油・石炭として長いこと地中に埋もれていたため、地球上の二酸化炭素の循環とは無関係だった。人間がそれを掘り出して燃やし始めた結果、地球上の二酸化炭素量が増え、リサイクルのバランスが崩れてしまった。
「地球温暖化」とは単に地球の気温が上がるということではなく、大気中のさまざまなバランスが変わることで非常に暑くなったり逆に寒くなったりという気象がたくさん起きるということ。地球の大気は熱が溜まると上昇し、そうでないところで下降して、地球規模で流れているが、熱の溜まる場所が変わると大気の流れも変わり、熱波や寒波という形で現れる。気温が1度上がると空気中の水蒸気量の上限は7%増加するので、たくさんの水蒸気が何かのきっかけで上昇して降ってくると豪雨や豪雪になる。「異常気象」は気象庁の定義で30年に1回起きるまれな現象とされている。そこで「異常気象ではないがめったに現れない現象」について専門家は「極端現象」という言葉を使う。2018年の夏の暑さは典型的な「極端現象」だった。このことは10年前の科学ではわからなかったが、気象学や科学の進歩により「地球温暖化がなかったと仮定すると2018年の夏の暑さの出現確率はほぼ0%だが、現在の地球温暖化を前提にすると出現確率は20%すなわち5年に1回」ということが分かるようになった。
二酸化炭素の大気中滞留時間はおよそ数十年といわれているので、今すぐ対策を立てて排出を大幅削減すれば、数十年後には地球温暖化を解決できると考えられる。だから、二酸化炭素の排出量を減らすためにとにかく努力するしかないのだが、実際にはほとんどの国で減っておらず、逆に極端に増加している国もある。足並みが揃わない中で、世界全体の総排出量を減らしていかなくてはいけないところにこの問題の難しさがある。
さらに、地球温暖化の進行を遅らせることがそんなに単純ではないこともまた科学によってわかってきた。これまで、黒いすすは太陽光を吸収して大気の温度を上げ温暖化を進める、だから、すすを減らせば大気もきれいになるし温暖化のペースが緩むと思われてきた。世界各地で大気汚染による健康被害が見られるので大気汚染の改善はとても重要な地球規模の課題。ところが、すすを減らすと大気の温度は上がるということが最近の研究で分かってきた。二酸化炭素削減と大気汚染改善を同時に進めた場合に気温上昇が止まらない可能性があり、すすの問題を留保して地球温暖化を防ぐのが先なのか、それともすすを減らして大気汚染による健康被害を減らすのが先なのか、という両立しない対応を考えていかなければならなくなった。
科学が分かってくると、科学に問うことはできるが科学には答えは出せないということがでてくる。
民主主義では話し合いによって社会的な意思決定がなされるので、科学を知り科学的・客観的な事実に基づいて話し合えば、妥協点や解決策が議論できると考えられてきた。ところが、実際には、科学のリテラシーが向上した結果、意見が極端化して折り合いがつかなくなっていると近年様々な研究者が指摘している。自分の考え方に近い特定の研究結果を信じることにした人は、高度な科学知識を持つ故にその知識に固執し、それ以外の意見を持つ人と議論の余地がなくなるからだ。また、社会的な合意形成に科学がなじむと議論する人がいる一方で、科学はそもそも民主主義にはなじまないのではないかという人もいる。科学的な事実をどう社会的な意思決定に活用するのかについては議論の余地がある。
二酸化炭素排出量の大幅削減が解決の一歩となる地球温暖化。他方、海洋プラスチックごみは今すぐに海へのプラスチック流出を止めても半永久的に残り、その多くは現実的に回収不可能。いずれも非常に難しい問題であるが、こういった難しい問題があるということをみんなで一緒に考えることが重要で、難しさも理解した上で取り組む方が力強い行動ができるのではないかと考えている。
これからお話することはだれでもできることなので、私個人の特別な活動と思って聞くのではなく、皆さん自身がやってきた活動・やれる活動と思って聞いて頂きたい。大学で一般社団法人エシカル協会のイベントを実施し、難民支援、フェアトレード、ダイベストメント支援団体関係者等の活動を知った。これらの出会いを通して、私たちの衣食住が密接に自然環境と結びついていて、気候変動という形で貧しい人に大きな負荷をかけていることを知り罪悪感を感じた。気候変動問題は私たちの身近なところから活動できるので、使命感を感じて取り組んでいる。きっかけは学校の活動だったが、学校から家庭そして社会へと範囲を広げて活動している。
家庭での活動としては、ごみを1週間チェックする宿題をきっかけに半年間家庭のごみを観察し減らすことに取り組んだ。自分は環境のことを意識していたはずだが、ストローやお菓子の袋など、自分が思っている以上にプラスチックごみを出していた。なかなか減らせなかったのがティッシュとラップ。
でもラップをみつろうラップに変更する際には家族と一緒に気負わずに変更することができた。
社会での活動としては、約20人の熱意を持った高校生から大学院生で構成されるFFFに加盟し活動している。世界全体で600~700万人の学生が参加しており、気候変動ではなくて気候危機だと思って活動している。9月に東京でマーチを実施した際に気候非常事態宣言(CED)を求める請願を東京都に提出し、その後5522筆の賛同署名を東京都に提出した。残念ながら現在も宣言には至っていないが、継続していくことが重要と考え活動している。気候変動枠組条約事務局のクリスティアナ・フィゲレス前事務局長が「不可能ということは事実ではなく、不可能だと思う態度でしかない」と言っているように、不可能と思えるようなこともできると信じて活動することが気候変動の問題解決につながると思う。一人ひとりにできる活動をぜひ一緒にしていきたいし、応援して頂けたらと思う。
パネルディスカッションでは、「気候変動を事実として教えるだけではなく、どれだけ他の人が苦しんでいるかという感情的な学びや共感を通じて自分に何ができるか考えることが重要」、「若者は気候変動問題について科学の成果に基づいて考え行動することを意識している。勉強会を開いたり、専門家、NPO、企業の協力も得ながら連携して活動している」、「(『クジラのおなかかからプラスチック』について)学術論文や公的機関によるレポートを使って中立性を保ってわかりやすく書いたことが理解を得たのではないか」、「科学の研究成果に謙虚に耳を傾けなければいけない。イギリスの事例で扉という言葉が使われているが、『クジラのおなかかからプラスチック』で取り上げられた様々な問題を入口として考えたり取り組んだりすることを港区でも推奨したらどうか」といった議論や提案がありました。
質疑応答では、参加者の中学生から気候変動への取り組みについてアドバイスが求められ、岡田氏から「何をやればよいかわからなくても、疑問や関心事項を共有して友達や仲間と活動したり、協力してくれる先生や大人を巻き込み、話し合ったり提案したりして行動を起こすと大きな輪につながると思う」というコメントがありました。
最後に講師の方々から、「SDGsを全部上手に進めていくことは難しいが、自分ができることをやるということが大切。結果を恐れて何もやらないというのではなく、きちんと考え、考えるときにはせっかくなので科学の知見を使ってもらい、考えた上で決断して行動することが大切」(保坂氏)、「楽しそうに見えるかもしれないが、辛くて大変な活動。起こったことに意味があると信じ、先は長いが希望をもって活動したい」(岡田氏)、「気候変動は若者世代が真剣に取り組まざるを得ない問題で、我々大人はそれをバックアップしなくてはいけない。COP25の議論にも関心を持って頂き、今日紹介された科学の知見や身近な取り組みの事例を今後の皆さんの行動にぜひいかして頂きたい」(永田氏)と参加者にメッセージが送られ、閉会しました。