港ユネスコ協会シンポジウム
魅力ある海を次世代につなぐために
国連海洋科学の10年が始まる
日時:2020年12月11日(金)18:30~20:30
会場:国際文化会館
基調講演:道田豊氏 東京大学大気海洋研究所教授
日本ユネスコ国内委員会政府間海洋学委員会(IOC)分科会主査
海洋調査技術学会会長。専門は海洋物理学
パネリスト:マヌエラ・ハルトヴィッヒ氏
国立環境研究所地球環境センター特別研究員
「環境政策における科学的助言」と「科学と政策・科学と社会インターフェース」についての研究を実施
パネリスト:佐々木剛氏 東京海洋大学教授
2017年ユネスコオーシャンリテラシー国際会議参加。水圏環境リテラシー(水圏・人間の相互作用)の学び合いを実践・研究。
著書:「水圏環境教育の理論と実践」他
コーディネーター:永野博 港ユネスコ協会会長
冒頭、田口康氏(文部科学省国際統括官)(日本ユネスコ国内委員会事務総長)が、ご挨拶。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の本部はパリにあり、日本が加盟したのは1951年なので、来年2021年には加盟70年を迎える。「持続可能な開発のための国連海洋開発の10年(2021~2030年)は2017年に採択・宣言され、国連の10の組織が取り組む。IOCというのは、オリンピック委員会ではなく、Intergovernmental Oceanographic Commission(政府間海洋学委員会)であり、ユネスコ国内委員会IOC分科会において「国連海洋科学の10年(Ocean Decade)」を推進している。
基調講演:道田豊氏
ラジオで気象通報を毎晩聴く気象少年だった。海洋物理学者として南極地域観測隊にも参加。
副議長(2011-2015)を務めたユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)は1960年設立、本来なら今年は60周年を祝うはずだった。2004年、スマトラ沖地震によりインド洋大津波が発生し、大きな被害が出たのを契機に、IOCが主導して津波警報システムが構築された。
海の機能とは、〇気候の緩和 〇生態系の維持 〇食料資源 〇海運、海洋エネルギー、観光など。
一方、海が直面する課題は、〇温暖化、海面上昇 〇酸性化 〇生態系の機能・生物多様性の低下 〇海洋汚染 〇水産資源の減少 〇海洋災害など。
このままではいけない、という危機意識から2015年、国連は「持続可能な開発目標(SDGs)」を定めた。2030年までに達成されるべき17の目標のうち、14番目が「海の豊かさを守ろう」。2017年、「海洋及び海洋法に関する決議」が国連で採択され、その中に2021年~2030年を「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(The UN Ocean Decade)」とすることが宣言された。その社会的目標が7つ設定された。
〇きれいな海 〇健康で強靭な海 〇生産的な海 〇予測出来る海 〇安全な海 〇情報が開かれた海 〇魅力的な海
海洋プラスチック
問:これまでに(1950~2015年)生産されたプラスチックの量(重さ)はどのくらい?
答:ゾウ14億頭分(84億トン)
石油生産の8-10%がプラスチックに。そのうち約79%が埋設または環境放出される(Geyer et al. ,2017)。
早くも1972から73年には海洋プラスチックに関する警告が発せられていた(Carpenter and Smith, 1972など)。海洋プラスチックの何が問題なのか?
〇海の中の海洋プラスチックごみは増え続けている。〇一度海に流出したプラスチックごみは事実上回収出来ない。〇海洋プラスチックごみは一方的に微細化する。〇存在密度、長期間のふるまい、生態影響など不明点が多い。
来年から始まる「国連海洋科学の10年」に向け、専門家の会議が既に始まっており、来年はキックオフ会議もベルリンで開催される。最後に、「夢のある魅力的な海にしよう」と呼びかけたい。そのためには、専門家だけでなく市民の参加も不可欠。漂着物学会で活動しているが、メンバーの半分は市民である。皆で手を携えて海の問題に取り組もう。
【文献】
Geyer, R., J. R.Jambeck and K. L. Law, Science Advances, Vol.3 No.7, e1700782, 2017. (doi 10.1126/sciadv. 1700782)
Carpenter E. J. and K. L. Smith Jr., Science, 175, 1240-1241, 1972.
パネリスト:マヌエラ・ハルトヴィッヒ氏
(つくば市からZoomを利用して参加:下の写真)
ドイツの海洋政策の問題について話したい。気候変動が海洋に及ぼす影響は今まで見過ごされることが多かったが、これに対応するために国際社会はOcean Science Decade を来年から始めると決定した。海は人間にとって主な食糧源であり、水産資源の生産と供給はEU諸国間で重要なセクターである。
FAOによると2016に約5,960万世帯が漁業セクターに従事している。世界の漁業の約80%はEUを含む20か国が占める(1)。2017年の漁業および水産養殖製品に関する欧州委員会の消費者調査によればスペイン、スウエーデン、エストニア、デンマーク、フィンランドはEUでのトップ5の消費国(2)。消費者の行動は影響が大きいので、気候や環境に及ぼす悪影響に関して消費者の知識を高めることが必要である。しかし消費者の大多数は日常生活においてそのような問題を考えていない。問題の重要な例が過剰漁獲、富栄養化、そしてごみ。ドイツの環境省によると、汚染された魚を食べると人間にも負の影響がある。43%のイルカ、36%の鳥、そして多くの魚はごみを飲み込むことが出来る(3)。海岸のごみを掃除するBeach Clean Up Action は人気キャラクターを使って年1~2回実施する4。個人でもグループでも登録出来るこのようなボランティア活動が大事だと思う。海の温度は70年代から変化してきた。温度異常は魚の移動増加にも繋がる(L. Cheng K.E. Trenberth et al., 2017)。気候変動対策として世界中でエネルギー変換を行っている。そのような変化は環境にも新しい問題をもたらすので、それらを早期に認識し解決する必要がある。例えば風力発電はドイツにとって重要なエネルギー源であるが、海の生物や鳥への影響に注意し、それらを保護しなければならない。そのためにドイツでは市民社会が強い声をあげている。今後10年がドイツの海洋政策及びSDGs達成にとって重要となる。その理由の一つは、ドイツが2020年にGood Environmental State of the Oceans を達成出来なかったこと(5)。国際的調整の必要性と共に、それぞれのstakeholderを関連付け、対話する必要がある。科学と社会、科学と政治は危機の時代に入ってきた。ドイツだけでなく日本でも、科学と社会、科学と政治の距離は遠いように見える。これをどうやって変えるか、どこまで変えるか?みんなで個人的に声を上げ、権力ある立場の人に真実を伝えよう。
パネリスト:佐々木剛氏
今取り組んでいるのは江戸・東京の再生。かつては江戸前には広大な干潟が広がっていた。そこで,港区の運河に干潟を蘇らせ,江戸前環境教育に取り組んでいる。私たちの生活は海と密接に関わっている。日用品はほとんど船で日本に運ばれてくる。世界人口の8割は海や川のそばにある。それなのに身近に海との関わりを感じない理由の一つは、身近な環境での体験の機会が少ないためだ。岩手沿岸部と東京都M区の児童生徒に自由記述をしてもらったところ、岩手の方がタコ、イカなど具体的な単語が出てくる。この違いは体験しているか否かによる。海洋リテラシーを高めることが、「海洋科学の10年」にとって大事だ。海洋リテラシーとは、海が人間に与える影響と人間が海に与える影響を理解すること。具体的には、体験の場を設けることが大切である。東京の子供たちにも体験できる場所がある。実践により、効果があることも分かっている。
道田先生は気象少年だったが、私は釣り少年だった。初めてニジマスを釣ったときの感動は忘れられない。今の仕事につながっている。子供の頃の体験は大人になった時、何らかの形で力になるのではないか。東日本大震災後、岩手県宮古市で「サクラマスMANABIプロジェクト」(6)を実践している。目的は、科学知(海洋リテラシー基本原則)と在来知を融合した水圏環境リテラシーを構築し身につけること。在来知とは、それぞれの地域で人々が代々受け継いできた知識や技能などだ。(子供たちの活動状況を写真で紹介)成果としては、都市間、国際交流の促進による地域愛着、森川海のつながりの理解の促進だ。
海洋リテラシー教育キャンペーンは世界中に広がっている(7)。その根本にあるのは、multi stakeholder つまり様々な人々が一緒になって取り組んでいくことである。東京での取り組みとして、港区こども中高生プラザ(ぷらりば)「海の科学を学ぼう」を2009年から、港南中学校「運河学習」は2010年から取り組んでいる。これらの効果として、地域愛着、海洋への関心の向上、芝商業高校など他校への広がりが挙げられる。
鉄イオンによる水質浄化プロジェクトも開始しており、芝浦で昔とれたシバエバは復活出来るか、今後の地元中高生の活躍に期待したい。
(5分間の休憩後、Zoomのチャット機能を利用して受けた質問を発表し、パネリストにお答え頂いた。)
Q:マイクロプラスチックは深海に沈んでいるのか?
道田:沈んでいるが、どのように沈んでいるかは研究課題である。
Q:海流を研究するとごみの流れも見えてくる?
道田:海流物理学の研究によって、ごみがどこから来たのかほぼ分かる。場所は分かっても、実際の回収は難しい。
Q:ドイツの環境政策決定過程への市民参加は?日本ではあまりないようだが。
ハルトヴィッヒ氏:ドイツの政策決定過程はより透明性があり、市民団体は地域の声や反対意見を強く伝える。日本では政策立案過程への参加が難しい。会議がformalになりがちで意見を出しにくいという文化の違いもあるが、ローカルレベルではもっと出来るのではないか。意見を反映させるには、誰に、いつ、どこで述べれば良いのか?両国はこの点が違う。
Q:東日本大震災で話題になった海溝研究は進んでいるか?
道田:震源域の断層構造などの研究はかなり進んでいる。
Q:佐々木先生、ビジネスモデルの構築とは?
佐々木:今後の課題として3点挙げている。〇エデュケーター養成〇ブルーエコノミービジネスモデル〇マルチステークホルダーを支える組織。教育者は海の専門知識も、安全管理、教育理論の知識も持つ必要がある。ブルーエコノミーとは、海洋を保全し、経済と社会を維持発展させる活動。エデュケーターが活躍できるようなブルーエコノミーによるビジネスモデルを構築し,環境教育に取り組むマルチステークホルダーを支える組織があると良いと思う。
永野:最後に一言ずつ、民間運動に期待することを。
ハルトヴィッヒ:問題があれば、怖がらないで意見を出してほしい。問題解決のためには、会話を使おう。
佐々木:港ユネスコ協会と一緒に行っている運河クルーズのようなマルチステークホルダーによる環境教育活動を江戸前で進めていきたい。
道田:海を正しく利用するために、様々な人々の合意形成が必要となる。これまでは限られた関係者で議論されていた部分が確かにある。最近出したガイドラインのポイントは、「自分が関係者だと思う人は皆ステークホルダーである。」みんなの海です、みんなで一緒に考えましょう。
当協会では初めてのZoomを利用した催し、それも会場とリモートを同時に行う難しいものでしたが、何とか実施することができました。北は北海道から南は九州まで、多くの方が参加して下さったことに感動しました。佐々木先生率いる運河クルーズ(2021年1月31日)にもご応募をお待ちしています。