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Minato Unesco Association

文化プログラムと地域おこし

2017年度港ユネスコ協会シンポジウム
『文化プログラムと地域おこし』

日時:2017年11月28日(火)18:30~20:30
会場:国際文化会館西館4階会議室(港区六本木5-11-6)

東京オリンピック・パラリンピックの一翼を担うのが文化プログラム。全国3千を超える市町村の人々に自信と誇りを残す画期的な活動が進行しています。2020年に向かって何が起こっているのか?今回のシンポジウムでは「文化プログラムと地域おこし」をテーマとし、お招きしたイタリア考古学者でプロジェクト推進者の青柳前文化庁長官およびこの分野に詳しい2名のパネリストから下記の基調講演、プレゼンテーションを頂き、参加者との活発な討論がなされました。ゲストの紹介、全体の進行には永野MUA会長が当たりました。

基調講演:『2020年を契機に、文化の棚卸しをしよう』
青柳正規氏(前文化庁長官、40年にわたってイタリアの古代ローマの遺跡を発掘調査。
著書に『ローマ帝国』、『文化立国論』などがある)

地方を歩くと、2020年東京オリンピック・パラリンピックに絡んだ文化プログラムへの関心は高いと感じる。しかし東京だけは関心が低いように思える。さまざまな地方に足を運んでみると、日本は手足が凍傷状態になっているのではと思えるほど活力がなくなっている。東京に住んでいると実感がないが、地方の衰退がじわじわと全体に影響を及ぼしつつある。

第二次世界大戦が終わった1945年、日本の人口は7,100万人。1980年には1億1,700万人。つまり35年で5,600万人ほど増えた。この人口増加が経済力アップの一番の理由だった。今、人口は減りつつあるのだから、経済が縮小するのは当然の結果。2010年と2015年の国勢調査を比較すると、約95万人減っている。これは和歌山県一つが消失したのと同じ。2020年には少なくとも200万人以上減るだろうと言われる。一人当たりGDPを400万円とすると、400万円×200万人、これだけのGDPが減る。政府は一人当たりのGDPをイノベーションで増やせば大丈夫と言うが、ここ20年間、日本の一人当たりのGDPはずっと横ばい。香港、シンガポールにも抜かれて、現在世界22位くらい。政府は昨年、GDPを500兆から600兆に増やすと発表したが、経済同友会のトップが即日、「それはあり得ない」と反論。政府は今年初め、GDPの根拠を組み替えて530兆円に変更したが、統計の根拠を変更するのは趨勢を掴むという目的が果たせず、まずいやり方だ。
私は1944年生まれ。団塊の世代と言われる人々も含め、おそらくわが国の歴史上最も恵まれた世代として育ってきた。しかし現在、日本の累積赤字は約1,080兆円、一人当たり850万円に上る。安倍政権のように強力な政府でも、果敢な政策展開が出来ない。日本全体が糖尿病にかかって、穏やかに蝕まれつつある。同様に人口減を危機として捉えたスウェーデンでは、婚外子にも嫡出子と完ぺきに同じ権利を与えることにした結果、5年前には婚外子の若年労働者数が嫡出子よりも多くなった。フランスも同じ制度を採用し、20歳から35歳の労働者のうち40%が婚外子である。ところが日本では夫婦別姓でさえも認めていない。周回遅れの少子化対策しかやっていない。
包括的な国の豊かさの指数(IWW)は、人的資本・生産資本・自然資本を評価する。これを人口当たりで割ると、2008年の段階で世界のトップは日本になった。その富の源泉は、圧倒的に人的資本、つまり人間の教育度、職業のスキルである。日本は明治政府以降、教育重視の国家政策をずっと続けてきた。
ところがOECDのGDPに対する公財政教育支出の平均的な比率は5%を上回っているにも関わらず、わが国は4%にも届いていない。つまり国として「貧しくなりましょう」と皆に押し付けているのが現状である。

2020年のオリンピック・パラリンピックが迫り、東京の我々は経済がうまく行っているかのような錯覚を持っている。しかし足元まで厳しい現実が迫りつつある。2020年以降、食うに困る程ではないにしろ、公共交通機関の本数が減るなど便利さがなくなっていくだろう。その中でもなお精神的豊かさを保つには、いろんな地域にある文化を掘り起こすことが必要で、そうすることによって日本全体が縮小しても質的なレベルを保つことができる。例えば村の鎮守様の秋祭り、夏の収穫祭、お神楽など、これらは世界的に見ても価値ある文化行為だということを見直してみよう。
クーベルタンは、「オリンピックはスポーツと文化の両輪で進めるものだ」と言った。戦前までは例えば絵画部門、彫刻部門に金、銀、銅のメダルを授与していたときもある。戦後はそういう物が一切なくなったが、ロンドンオリンピックの頃から、近代オリンピックの原点に戻ろう、スポーツだけでなく文化もやろうと、文化プログラムを非常に一生けん命やった。例えばシェイクスピア劇を30何か国の人がその国の言葉で、イギリスで演じた。ロンドンオリンピックは文化の祭典としても大成功した。東京オリンピック・パラリンピックによって日本もこれにあやかろう、文化的見直しの契機になるのではないかということを私はいろんなところに出向いてお願いしている。文化プログラムとは、文化の祭典としてあらゆる人々が参加出来るプログラムを全都道府県において実施し、地域を活性化することが目標。
昨年テレビで見たヘアスタイリストの野沢さん。南相馬へ毎週出掛けてご婦人たちのヘアを綺麗にし、たまにはファッションショーをする。町中に笑いがあふれる。これも文化である。能の梅若玄祥さんはギリシャの昔話をお能にしてギリシャの古代劇場で演じた。経済危機真っ只中にもかかわらず、アテネから1万人近くの人がこのお能を見に訪れてくれた。ストーリーはギリシャの人なら誰でも知っているので、お能の演劇としての崇高性が理解され、大成功だった。「おわら風の盆」は、高橋治が小説に書いたので急に有名になり、石川さゆりの演歌で火がつき、多くの人が訪れ、町の景観も変わった。
能登半島の珠洲市では5月から10月まで51の祭があり、キリコという大きな山車を引き、練り歩く。
観光客はいつ訪れても祭が見られるので流動人口が増えた。また能登半島の先端に位置するために交通量が少ない。自動運転車の実験場にしたらという提案があり、実現した結果、自動運転車の確保により足の悪いご老人が病院通い出来るようになり、限界集落から町へ移住する必要がなくなった。
鹿児島の喜界島はサンゴの北限に近いので、これを地域おこしの軸にしようとしている。隠岐の島では、高校を地域起こしのコアにしようと、町立の「隠岐の国学習センター」という予備校を作った。地元の高校の進学率が上がり、県外から生徒が留学してくるようになった。町全体が活気を取り戻し、他の産業も活性化し、うまく回っている。地域おこしのモデルとして視察団があちこちからやって来る。
それぞれの土地には多様性があるので、この多様性を見極め、楽しむことがこれからの日本には必要だ。そうすれば、少しくらい厳しくなってもどうにか耐えられるのではないか。重厚長大が駄目になって文化による地域起こしをやろうというキッカケを作ったのが、フランスのナント市だった。共通した課題が世界中に生まれており、文化が一つの強力な手段になり得ることが証明されつつある。都市だけでなく、小さな集落でも文化プログラムによってそれぞれの文化を見直してほしい。それによって、2020年以降の進む方向が見えてくるのではないか。

パネリスト・プレゼン:『2020年に向けた文化プログラムの枠組』
堀口昭仁氏(文化庁長官官房政策課専門職、文化庁で2020年に向けた文化プログラムの企画立案や総合調整を担当。政策研究大学院大学文化政策プログラム修了)

オリンピック憲章には、「複数の文化イベントのプログラムを計画しなければならない」とある。しかし「文化プログラム」の定義はなく、開催国にとっては自由に、何をやっても良いと取れる。これまでの流れを見ると、文化プログラムは2012年ロンドン大会で新時代に突入した。ロンドン大会は、2008年北京大会終了後の4年間で、イギリス全土の1,000か所以上において文化プログラムを開催した。例えばシェイクスピアをイギリス各地で上演する演劇祭、ピカデリーサーカスの広場でサーカスを行うイベント、身体障害のあるアーティストの作品を公開したUNLIMITEDなど。観光客が増加、ロンドンの土地ブランドの上昇などの具体的成果を上げた。
日本も大きな影響を受け、現在、国だけでなく地方も障害者芸術を含む多くのイベントを計画している。2020年東京大会はロンドンを超える文化プログラムを日本全国各地で実施することを目標にしている。メインプログラムである東京2020Nipponフェスティバルでは、青柳先生が総合プロデューサーを務める。いくつかのプログラムは既に昨年からスタートしており、認証件数も増えつつある。組織委員会や国、東京都、地方自治体等多様な主体が文化プログラムに取り組んでいるが、多様な日本文化を海外に発信すると同時に、これを地域創生、活性化、共生社会の実現に繋げていくことが共通のコンセプトと言えるのではないか。今日のために私が勝手に作ったキャッチコピーは:Culture for All Treasure for You

文化庁が取り組んでいる事例をいくつか紹介する:
事例①ニッポンたからものプロジェクト。「日本遺産」に認定された伝統芸能公演を実施するもの。今年の11月には津和野公演を実施し、永明寺で日本遺産のストーリーを背景に若手による伝統芸能公演や津和野踊りを披露した。
事例②国際北陸工藝サミットにおいて、工芸ハッカソン(ハッキングとマラソンを合わせた造語)を開催し、高岡の伝統工芸とテクノロジーやファッション等のコラボレーションを促進した。
事例③文化プログラムポータルサイト「Culture NIPPON」を構築・運営し、全国各地の文化資源の発掘・発信に取り組んでいる。
青柳正規著「文化立国論―日本のソフトパワーの底力」ちくま新書2015年を是非ご一読下さい。

パネリスト・プレゼン:『ひとりひとりの“MY文化プログラム”』
小池真一氏(47文化プログラム・プロジェクトマネジャー、共同通信社文化部で自治体や企業との文化プログラムの企画等を担当。著書に「小澤征爾音楽ひとりひとりの夕陽」など)

文化プログラムとは何か?自分なりに調べた結論は、「社会的課題を発見して解決し、社会をより良くする表現・文化の取り組み。」文化プログラムの5W1Hを考えると、(いつ)2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け(どこで)東京だけでなく日本全国で(何を)文化の企画・イベントを(何故)2020年東京大会を盛り上げるため(どのように)文化力を使い、育て、生み出しながら、であるが、(誰が)が曖昧である。さっきのforYouはとても良いと思う。「私が」やるのだと思って貰いたい。そういう流れに結び付けたいと願って、中高生に地元の文化イベントを取材させる取り組みを行っている。

「参加することに意義がある」というが、参加には2種類ある:①色々なプログラムを楽しむ②MY文化プログラムをつくる。後者の一例として、正岡子規の故郷である愛媛の野球文化イベントや、eスポーツがある。

東北大震災の一週間後、気仙沼の避難所で小学生が「ファイト新聞」を創刊した。暗いことは書かない方針で、日刊として50号まで続いた。子供たちはパリのユネスコ本部に招かれ、「ジュニアジャーナリスト」として表彰された。これがきっかけになって中高生によるジャーナリスト活動、文化プログラムプレスセンターが発足し、ユネスコには感謝している。2017年10月に文化庁主催事業になり、ご当地プレスセンターは全国に広がりつつある。これは子供たちの文化プログラムである。では大人はどうすればいいのか?
実例として、おむすびで人と人をつなぐ企画、各地のみそ文化を発掘する旅行、広辞苑を使って日本語の文化を再発見する取り組みなど、面白がる遊び、試みはいろいろありうる。庶民にとって「MY文化プログラム」であるために笑いが欲しい。馬鹿だなあと思われながら、地域を元気にし、日本を元気にし、世界を元気にするものであって欲しい。
最後に30分にわたり、活発な質疑応答が交わされました。「フランスの文化予算は日本の10倍もある」、「街なかのアートはむずかしい。規制緩和が必要か?」「都会でもやれることはある」「式年遷宮の写真を渋谷で吊るして掲示したい」「長野県で若手によるアートプロジェクトを実施し、アートには越境の力があると確信した」等、興味深い発言が続きました。