2015年度第2回国際理解講演会
日本の美の心
伊勢神宮式年遷宮を撮る
講師:南川三治郎(みなみかわさんじろう)氏写真家
日時:年月日金午後時分~時分
会場:麻布区民センター・ホール(麻布地区総合支所地下一階)
約1300年前から、20年に1度繰り返されてきた伊勢神宮の式年遷宮。古来から変わらない技法で、正殿をはじめすべてのお宮を建て替え、ご装束やご神宝を新調して、御神体を新宮へ遷します。
第62回神宮式年遷宮は、平成17年から諸祭・行事が執り行われ、平成25年10月に遷御の儀が催行されました。
神宮の式年遷宮を通して古来から伝わる日本の伝統や文化の継承を大切にし、またそれとともにある自然と共生しようとする「日本の美の心」をテーマにお話しいただきました。
講師プロフィール
三重県出身。2015年日本写真協会作家賞受賞。
「ヨーロッパの人と文化」に焦点を当て国の内外に発表。
フランス、スペインの世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」、日本の世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に続き、平成18年より第62回神宮式年遷宮の取材・撮影に取組む。
主な著書:「アトリエの巨匠100人」(新潮社)「推理作家の発想工房」(文藝春秋)、「ヴェルサイユ宮殿」など。
(1)写真を始めて、今年でちょうど50年
大宅壮一氏が開いた「大宅壮一東京マスコミ塾」の第1期生となり、渋谷の雑誌社に勤務しながら勉強した。
親に無理を言って一年間パリ滞在を果たす。風呂のない屋根裏部屋の暮らしだった。それ以降も半分以上はパリに住んで、日本と行ったり来たりの生活をしていた。
私はテーマを決め、それに沿って撮影するスタイル。
「アトリエの巨匠100人」の完成には20年くらいかかった。「推理作家の発想工房」では30人ほどの作家を取り上げている。グレアム・グリーンとか、フレデリック・フォーサイス、ル・カレなど早川ミステリーの作家たちだ。
ヨーロッパの貴族社会はどんな生活?という関心から、お嬢さんたちに焦点を当てたシリーズもある。イコンを対象としたことも。もっぱらヨーロッパに興味があり、パリは撮影活動に便利な拠点だった。
巡礼の路については、サンティアゴ・デ・コンポステーラに続いて紀伊山地の熊野古道を撮影し、富士フィルムスクエアにて展覧会を開いた。そこに三重県の人が来て、「伊勢神宮の遷宮を是非撮影して下さい。お金は出せないけど協力します」と言われた。少し前に偶然「お木曳」の行事と出会ったこともあり、運命と感じた。寄る年波で、日本に回帰したくなったのかもしれない。
伊勢神宮の式年遷宮との取り組みには8年かかった。この間、カメラはフィルムからデジタルに移行し、新しい技術の習得には大いに苦労した。
写真は三重県総合博物館で展示の機会を得たが、日本国内では他のどこでもやれなかった。そこで海外に出て、ローマ、ニューヨーク、ロサンゼルス、ケルンの4か所で写真展を開いた。日本文化の源流を理解してもらえて良かったと思う。
(2)伊勢神宮の式年遷宮について
(多くの映像を見せて頂きました。以下3枚のお写真は、南川氏が撮影されたものです)
●なぜ20年ごとに遷宮をするのか?
一つには、木造建築なので木が腐る。もう一つの理由は、伝統工芸を伝承するため。1,400年もの昔から、古文書に書かれているのと同じ作り方が守られてきた。
●宇治橋は7年前に架け替えられた。過去に洪水で流されたせいで、時期がずれている。
渡り初め式では3代そろった家族が、渡り女(わたりめ)を先頭に新しい橋を渡る。
この宇治橋と鳥居は、フィルムで撮影した最後の写真。この橋を渡ると内宮の神域に入るのだが、私は心が温かくなるのを感じる。
●自給自足の原則:神宮は田んぼを所有し、種まき、田植え、刈り取りを手作業で行う。
豊受大御神(外宮)での鎮地祭内宮に続いて正午から斎行された暑い時期には一週間かけて塩を作る。松阪の機殿神社(はたどのじんじゃ)では、神様にお供えする布と、神職の着物を織る。神領の海では鯛やアワビが獲れる。地方からの貢ぎ物もある。これらは米俵に包まれトラックで近くまで来るが、内宮へは舟で、外宮へは台車で運び込まれる。
●神職は忙しい:水を汲みに井戸へ行くのは朝の大切な行事である。
触れ太鼓が鳴ると、60人くらいの神職が雨の日も風の日も神にお仕えする。月次祭(つきなみのまつり)は年2回。2012年6月には、ご高齢の池田厚子さんに代わって黒田清子さんが臨時祭主をお務めになった。
儀式の撮影は許可されても、何をやっているか教えてもらえない。質問すると、「見ての通りです」。
大祓(おおはらい)は年に2回。神職は砂利の上に茣蓙を敷いて30分間正座する。「大変ですね」と声を掛けると、「これも修行の一環ですから」とのお答えだった。
神様にお供えするお食事は平安時代と同じと聞き、これについて質問すると、「そんな恐れ多いこと、よく聞くね」と言われた。
●絶妙な土地選び:天照大神(あまてらすおおみかみ)は、「私の住むところを定めたい」と全国をご覧になり、伊勢を見たとき「ここが良い」とお決めになったとされる。
人間が一日に歩ける距離は50km程であり、その圏内に衣食住すべてが揃う。平地があり、田んぼがある。
海の幸、山の幸に恵まれる。さらに後ろに山、前に海という地形は、外敵に侵されにくい。良い場所を見つけられたと思う。
●遷宮は大行事:新しい宮を建設するための木材は伊勢だけでは調達できず、木曽から運んでくる。
木材はご神木と呼ばれ、小さなカンナで削る。ヒノキなので良い香りがする。鼻にすっと抜ける香り。立柱祭(りっちゅうさい)では心柱(しんばしら)を立てるが、まっさらなヒノキが報道陣のいる場所まで匂ってきた。
ちなみに、この心柱の使用はヨーロッパの教会も同じであり、興味深い。
柱の立つ敷地をつき固める祭もある(杵築祭こつきさい)。ご神木を運ぶ行事が「お木曳」。お白石の行事もある。お白石を拾い、運び込み、敷き詰める。
新しい社殿の欄干には、金や玉(ぎょく)の飾りが見られる。国内で玉を探す専門の人が存在すると聞いた。
撮影については許可が必要な場面が多かった。遷御の前に新しい社殿を撮影する機会を貰ったが、30分間という制限付きで、係の方が傍について「もういいでしょ」と急かす。
こちらは「いや、まだまだ」と粘った。
(3)不思議な体験
遷宮の中核行事は「遷御の儀」で、ご神体とご神宝を新しい社殿にしずしずと運ぶ。
ご神宝とは神様のお使いになる宝で、首飾り、王冠、指輪などが箱に収められている。
内宮の遷御では正面に三脚を据え、デジタルカメラを載せて待機したが、夜間に照明なしで、真っ暗闇の中。
映るのかと思っていると、左上から青白い光がピカピカ、ひゅっと来て、生暖かい風がふわーっと来た。あ、これは撮らなきゃ、と思って、暗い中でカチャカチャカチャとやった。
画面を見ると真っ暗で映ってない。それでメーカーの方に来て頂いて、現像して頂いた映像が、これ。あとで広報室長に「いやあ、昨日凄かったですね。青白い光がぴかぴか、風が吹いてきた」と話すと、「南川さん、良い経験なさいましたね。私も上のお社(やしろ)で同じものを見ました。感じる人と感じない人があります。あなたは見えて良かったですね」と言われた。
外宮では一番高いところにカメラを上げて待っていた。距離は40mくらい離れていたが、この辺りじゃないかと大体の当たりをつけていたところ、風が吹いてきたのを感じ、シャッターを押したのが、これ。展覧会に来た広報室長が「写ってますね」と一言。
質問1:写真を拝見すると、南川さんご自身が伊勢神宮の一部になっておられる感じがする。
回答:宇治橋を渡ったところから俗世界と離れ、心が洗われる気がする。遷御の儀の時には、頭が真っ白になったが、心にすとんと落ちてくるものがあった。
質問2:私はフィルムカメラを半世紀以上使って撮影してきたが、被写体とカメラマンが一心同体になった時に初めて良い作品が出来ると信じている。
回答:心にすとんと落ちた時に、シャッターも落ちている。神様が撮らせて下さってる。僕の力量ではない。
質問3:一度は伊勢神宮にお参りしたいと思っているが、おすすめの時期は?ヒノキの香りは嗅げますか?
回答:一年365日、いつお参りされても異なる経験が出来る。残念ながらヒノキの香りは徐々に薄れてしまう。
3年ぐらい経つと残らない。ただ、下級の神社に下げ渡されると、削り直しがあり、また匂いが出る。
質問4:パリにお住まいの頃は、パリのどこで写真を撮られたのかと思いながらお話を聞いていた。
回答:モンマルトルに住んでいたので、好きな場所はモンマルトルの丘、左側の小道。しかし僕はテーマに沿って撮るので、パリの写真はほとんどない。「アトリエの巨匠たち100人」では、アポイントメントを取るのが大変だった。OKが出ると、すぐに飛んで行く。その点パリはヨーロッパの中心に位置し、便利な拠点だった。ヴェルサイユ宮殿の撮影許可を得た時は、休館日ごとに52回、宮殿に通った。大宅先生の教えを守っている。
質問5:サンティアゴ・デ・コンポステーラを一度歩いてみたいと思っている。
回答:朝5時に起き、6時出発、一日40から50km歩いて午後3時チェックイン、市場で買い物という生活を一か月続ける。10kgやせます。
質問6:「アトリエの巨匠たち100人」の取材で一番印象に残るアーティストは?
回答:一人ずつ印象が違うので語り出したら一か月掛かると思うが、面白かったのはシャガール。奥さんに牛耳られていた。
質問7:20年に一回の式年遷宮で、伝統や技術の継承を担う人々は、身分を保証されているのか?鵜飼いに関わる方たちが宮内庁に所属すると聞いて驚いた経験があるので。
回答:身分については知らない。カンナをかける人、木を伐採する人という風に仕事は分業になっており、それぞれ先祖から伝統を受け継いでいる。
質問8:伊勢神宮の遷宮のお仕事を終えて、この後何かご計画は?
回答:この仕事に8年掛けた。今は新しいことは考えていない。来年の伊勢志摩サミットに合わせて伊勢神宮式年遷宮の写真展を開くお話を頂いたので、これに集中している。