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Minato Unesco Association

今村孝子さんのご逝去を悼む

今村孝子さんのご逝去を悼む

 今村孝子さんは、本協会に1982年にご入会、今年お亡くなりになるまで44年間の長きにわたりご活躍いただきました。最後の4年間は、副会長の一人として、本協会のいろいろな問題にご一緒に取り組んでいただきました。殊にご担当のお料理教室、外国語教室などの委員会では、イベントの実施に関し、準備の段階から大きなご貢献をいただきました。

 会議にご出席の際には、いつも爽やかな笑顔でご発言なさってましたし、たびたびお菓子を差し入れていただきました。

 港区区民祭りの際には、本協会のブースで売り子もやっていただき、いつでしたか、私がブースを訪れた際、「これなんかいかがでしょうか」と、白い帽子を見つけていただきましたので、今でもそれを愛用しております。

 今村さんは、テニスのご趣味があり、東京ローンテニスクラブという、大変ステータスの高いテニスクラブの会員でしたが、同じテニスクラブの会員にエルサルバドル大使がおられ、そのご縁で本協会で、大使にお話しいただくことができました。いろいろな大使館との交流を深めたいと思っておりましたので、大変ありがたいご縁でした。

 今村さんは、夏の暑い日でもテニスをなさるような、お元気な方でしたので、ご訃報をお聞きした時には、大変驚き、信じられぬように思いましたが、とても残念です。これまでのご貢献に対し厚く御礼申し上げますとともに、お逝去に対し、謹んでお悔やみ申し上げ、心からご冥福をお祈り申し上げます。

港ユネスコ協会 前会長 田部揆一郎

 今村さんには長きに亘り、港ユネスコに貢献いただきました。
いつも微笑みを絶やさず、新会員の方にも積極的にお声かけされていたことが印象に残っています。
 イベントの調整に関して、仰っていたお言葉があります。

「まず手を取り合って、譲り合って。イベント一つできあがるには数々の良い条件が重なり合ってのことと感じます。」

これからもこのお言葉を励みに、
ひとつひとつのイベントに感謝の気持ちを持って取り組んでいきたいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

合掌

国際学術文化委員会 副委員長 兼田徳子