日本語 English
Minato Unesco Association

平和への祈り

平和への祈り
港ユネスコ協会 副会長 今村孝子

みなとユネスコ会報 2026年3月1日発行  第182号巻頭言より

平和を求め続けて80年、日本は戦後すぐに国際的な役割を持つ国際連盟が市民の中から、もうこのような戦争はこりごり、武器を持つことなく毎日を過ごすことを誓いあいました。広島、長崎の原爆は既に落とされ数多くの人が亡くなり、あらゆる戦争というものを経験することになりました。文化的、経済的、政治的に最低のレベルから働き続け、辛い人々の喪失感は長く残りました。

 深い文化の歴史は、戦争によって全く失われる事はなく、社会教育に反映される事もなく、やがて研究で力を取り戻した経済は上向き始め、昭和37年頃よりトランジスタラジオ、テレビ、冷蔵庫を持つことが人々の夢となりました。平和を得るにはそのようなものに囲まれていることが大事になってきました。きれいに光った器具は羨望の元となり、平和を手に入れた感覚は大きな喜びでありました。また経済は人々の特別な努力によって上向き、足りなかった日本の経済の勉強には、イギリス、アメリカの特別な奨学金が与えられ、新しい技術にシステムが進歩し、科学・経済は世界的に成長しました

 けれども、世界ではベトナム、朝鮮戦争などアメリカの力を頼みにした戦争が世界のあちこちで勃発し、アメリカの力を借り、戦争も激しくなりました。一方、日本は文化も華やかにファッションが花盛り、美しいもの生活に必要なものは世界中で負けないものを作り出し、貿易戦争とともに、文化、戦争の華やかな時代の到来。平和だから発展して、人々のオーラは飛行機時代、文化の交流は世界の美しいものを求め、文化を高めてきました。

 必要生活がレベルを上げ、精神的にお金で平和は得られないことを証明するように、人々の生活様式も、ヒッピーや歌の世界は世界中に広がるようになり、皆が歌を楽しむような世界に向けて発展し、そこから文化交流、人的交流も広がり、新しい音楽の世界が見えてきました。世の中、平和が良いことを証明する時代であったと思います。そうこうするうちに、5000人10,000人もの人々が歌を一緒に歌うと言う思いがけない交流の広がりも見ます。なんと素敵な時代になったと思っても、えられないことはおこります。プーチンによって始められたウクライナの戦争は、どこまでも欲望をあからさまにしながら広がりを止められなくなり、どちらが悪いのかわからなくなり、あちらを立てればこちらがあったから立たず、そして喧嘩両成敗の両方の責任は両方の国が責任をとることができずに、いまだに他の国々の力に頼らざるを得ない状況になっています。

 立派な人たちの喧嘩であっても、とてつもない考えや世界レベルの常識と言うのがわからなくなりました。戦争と言うものに平和がおびやかされつつあり。普通の生活の中に爆弾が飛び込んできて、何百人のいのちをも一度きに奪い取るということを何度も見せられて考えさせられます。

 今本当に平和はどこにあるのでしょう。まず私たちの心の中で考え、みんなで時間を持つことが必要になってきたと思います。そして平和に向かって走り続けてきた日本の考える平和のこころを、ユネスコから発信していかなければいけないのではないかと考える今日この頃です。教育の場からたち上がったユネスコ活動の働き、またこのたび、増上寺が大切に守ってこられた日本の大切な3本の経典大蔵経がアジアの大切なお経として世界の宝物として認定されたと言う特別な事は、昔の日本から失われないできた平和を求める姿勢が失われなかったからなのではないでしょうか。

 私達は結局、一人一人は小さな力かもしれませんが、それを結集、する努力を重ねながらこつこつとよいものを選び、よいことを実行しながら、自分の弱さも強さも経験しながら、平和を模索しつつ自分の人生を仲間を大切にしつつ、共有することが出来ればそれは小さな一歩であっても、祈りながらいつしか大きな力になり感動になるにちがいないことを感じて生きていきたいと思います。